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あいちゃんの日記帳 2003年09月分

あいちゃんの日記帳

2003年09月の日記


[雑記] ER Ⅷ ~Dr.Green逝く~
米NBCの人気医療ドラマERの第8シーズンが日本ではNHK BS2で放送されている。長寿命ドラマの宿命として登場人物がどんどん入れ替わってゆくのが普通だが、このERも例外ではない。

過去消えていった人物は多くあり、看護婦のキャロル・ハサウェイ、医師のダグ・ロス、ピーター・ベントン等々。だが、シーズン1~シーズン8までを通して主役的な役割でカウンティ総合病院のERを支えてきたのが、医師のマーク・グリーン(アンソニー・エドワーズ)である。

アンソニー・エドワーズは映画「トップガン」でトム・クルーズ演じるパイロット「マーヴェリック」の相棒グースを演じていたけれど、事故で機外に射出されて脱出するときに、キャノピー(風防)に頭を強打して死亡する役だった。そして、ERでは、というと脳腫瘍で第8シーズンの最後のほうで生まれ育ったハワイで家族に囲まれて最後を過ごすという役柄で、どちらも頭で死亡するという妙な一致である。

筆者は、ERの日本での放送をシーズン1の途中から見始めて、シーズン2からは結構飛ばさずに見ている。グリーン先生のファンは多いと思うけれど筆者もその一人で、温和で誰からも尊敬される性格だが、出世するよりERの現場で働き命を救うことに生きがいを見出している。そして、グリーン先生が亡くなったERで彼の後を告ぐのは、ジョン・カーター先生となる。

グリーン先生が脳腫瘍で亡くなるというのは、カウアイ島でERのロケがあり、それが何故かというと、グリーン先生が病気になり余生をカウアイで過ごすという設定であるということを伝え聞き、本家NBCのサイトでストーリーを見ていたわけである。

日本ではER第8シーズンがほとんど終わりに近づいているが、アメリカでは第9シーズンが2003年5月15日の放送で終了しているようだ。日本ではER第9シーズンの放送は未定であるが、楽しみであるが、第8シーズンの視聴率が悪ければ放送されないからもしれない。

ERは医療ドラマで台詞も医療用語が多くてテンポが速いから、なかなか英語での放送の理解は難しいのだけれど、たまに英語のまま見て俳優の地の声を聞いておくのも悪くないけれど、1つのシーズン全部を英語で通すというのは厳しいし、なにより放送としては日本においてそれはありえ得ない話で、万一放送されないとしたら、それこそアメリカからビデオテープを買ってくるしかない。DVDはリージョンコード規制があるので、アメリカ製のDVDを日本で見ることができないからだ。

そんなことがない様に祈りたいもので、第9シーズンでのカーター先生の活躍を茶の間で楽しみたいものだ。
Date: 2003年09月01日(月)


[PC] ウィルス対策はウィルス対策ソフトだけではない
コンピュータで飯を食う筆者にとっては、「ウィルス対策はウィルス対策ソフトだけではない」のは至極当たり前の事であるが、今回のBlasterワームおよびその亜種による騒ぎで、「ウィルス対策ソフトを入れていたのに感染した」という人も多かったようだ。

あるセキュリティ対策ベンダーの調べによれば、ウィルス対策ソフトを導入している企業はとりあえず非常に多いのだが、いつもウィルスデータファイル(パターンファイル)を最新の状態に維持している、あるいは維持するように努力しているところになると、その数はぐぐっと減るという。つまり、ウィルス対策ソフトを導入したが、データファイルはあまり更新していないというところがかなりあることになる。

企業ですらそうなのだから、個人宅ではさぞかし…なのか、意外に…なのかわからないけれど、筆者の想像では「さぞかし…」のほうだ。企業内はある程度の規模だと情報システム部門による対策とか指示などがあるから、ある程度の歯止めはあると思われるが、家庭内はひたすら個人の意思に頼るところが多いからだ。最近はブロードバンド常時接続の急速な普及で、オンラインによる自動アップデートが効果的に働くようになったとはいえ、対策ソフトによっては、手動でダウンロードするデータファイルはほぼ毎日更新されているが、オンラインアップデートのほうは週一回だったりして、どうも信用できない。

それでも、何らかの方法で最新を保つ努力がなされていれば上等であろう。そんな上等の対策を打っていてもBlasterにはひとたまりもなかった。それは、ウィルス対策ソフトは、メールの添付ファイルを実行する、Webサイトをアクセスする、ウィルスを含んだプログラムを実行するとか開いたりしてしまうことによる感染から防ぐことは可能であるが、Blasterのように、OSの脆弱性につけこんで、繋いでいるだけで感染してしまうことがあるようなタイプには感染防止という意味ではほとんど無力に等しい。

現在のウィルス対策はPC初期のウィルス対策とは違う。もはや、怪しいソフトは実行しない、怪しいメールは開かない、怪しいWebサイトは訪れないということだけは防げない。OSのセキュリティパッチ、つまり、WindowsでいえばWindows Updateの重要な更新は必ず速やかに適用する必要があるということだ。それらをきちんと行っていればみつかっている脆弱性を修正することができる。

また、ブロードバンドに繋ぐにあたって、それがケーブルTVであればADSLであれなんであれ直接PCを接続するのは厳禁である。必ず、ブロードバンドルーターをNAT機能を有効にしてつかうことだ。こうすることで、特別な設定をしない限りいきなり外(インターネット)から中(家庭内LAN)に入ることはほぼ不可能になるからだ。

家庭内ですらブロードバンドをはじめ、何らかの形でPCをインターネットに繋ぐのが当たり前になってきたので、こうした対策は当たり前すぎるくらい当たり前だ。それらを怠ったために、私物のノートPCに感染しているのを知らず、会社に持ち込み会社内あるいは社外に感染を広げることもあるので、要注意だ。今はまだ罰則は無いかもしれないが、ことによっては懲戒処分となることも近い将来には出てくるであろう。一番安全なのは家庭のネットワークだ、と断言できるくらいに保つべきである。
Date: 2003年09月02日(火)


[雑記] ナショナル麻布様々?
今日は仕事で午後から外出をしたのだが、仕事が少々早めに終わったので帰りにどこかへ寄ろうかなぁ、などと考えていたら、思い立ったのが広尾のナショナル麻布マーケットである。

何故、ナショナル麻布かというと、先月の日記に何度か「Heinz Baked Beans」のことを書いたが、それが今までのところ、ナショナル麻布を除くどこの輸入食品店にも無いからだ。不思議なことに「Vegemite」は結構いろいろなところで売っていて、一瓶400円と、これまたどこでも値段が付いていたりする。だが、「Vegemite」が売っていて「Heinz Baked Beans」が売っていないというのは、あまりにも「Heinz Baked Beans」に無礼な話であろう(笑)。

などとくだらないことで怒っていても仕方ないので、どうすべぇか、でも、広尾は遠いなぁ、とか思っていた矢先にチャンスが訪れた。今日は前回買ったときより安くなっていて、415g缶が300円だったので、それを二缶とCadburyのチョコレートバーを二種類ほど買って外へ出た。

この店の隣は有栖川宮記念公演になっているのだが、外へ出てかなり暗くなった空を見上げると一面低く垂れ込めた雲があり、今にも猛烈な雨が降ってきそうな天気だった。普段は通勤経路中でJR山手線を利用するが、広尾からだとJR山手線は使わず地下鉄で帰ることになる。

結果的にはナショナル麻布マーケットに立ち寄ったのが正解で、帰宅してからニュースを見ると、その時間帯に都内で激しい雷雨による落雷で練馬、江東、杉並、江戸川、墨田、中野、葛飾、足立区で停電し、JR山手線は午後6時半ごろから、なんと午後9時半ごろまで完全にとまっていたそうだ。

普通に帰っていれば、おそらくこの山手線運転見合わせにぎりぎりハマった可能性も高く、まさに「Heinz Baked Beans」様々、ナショナル麻布マーケット様々である。
Date: 2003年09月03日(水)


[雑記] 肩こり
このところ、というか、オーストラリアから狭くてギスギスして人口超過密な東京に戻ってきてから肩がこる。本当のところを言えば、筆者はもともと肩こり性である。コンピュータ屋で猫背で姿勢が悪く、カバンも軽くないから肩こりの条件は揃っている。

カバンはリュックに変えて荷物を減らしたりして工夫しているが、仕事はそう簡単に買えるわけにはゆかないし、長年の猫背もそんなに簡単に治るものではない。どうも肩こりの欧米の人ってあまり聞いたことがなくて、外国人の友人も肩なんかこらないとのたまわっていた。今でこそ、「肩こり」を和英辞典で調べると「stiff shoulder」なんて載っているのだけれど、これは硬くなってごわごわした肩みたいな感じだ。本質的には「甘え」という日本語に相当する英語が存在しないのと同様に肩こりに相当する英語はないようだ。

もちろん猫背で細かな作業を続けていると日本人でなくとも一時的には肩がはったりするが、そういうのは肩こりとはいわないようで、日本人によるある慢性的な肩こりなんてのは、日本人ほどにポピュラーではないみたいだ。

なぜ、日本人に肩こりが多くて欧米の人に少ないか。それは海外旅行に行ったら、半日ほど街角のカフェテリアで道行く人を観察していれば、日本人と欧米の人との間に決定的な差があることがわかる。いや、海外旅行などしなくても、街角で見かける外国人と日本人を比較するとすぐに想像がつくであろう。何が違うって、もちろん体格が違うけれど、そういう問題ではない。違うのは姿勢だ。総じて欧米の人はすらりと背筋が伸びているのに対して、日本人は程度の差こそあれ猫背傾向だ。

人間の頭は相当に重く(えと、確か数キロ以上だっけか…記憶が不鮮明で申し訳ない)、直立したときには、その重さをS字カーブを描く背骨に乗せて支えるわけだ。これが猫背になると、そのままでは頭の重みで首から上がだらりと前に傾いてしまうので、そうなると困るから肩の筋肉が頭の重みを支えることになる。その結果肩の筋肉は常に緊張状態を余儀なくされ、肩がこるというしくだという。

日本人に猫背が多いのは、筆者の考察では生活スタイルにある。生活の洋風化が進んでいるとはいえ、日本人の畳・床の上に直接座るスタイルは日本人の生活スタイルとして定着しているわけで、実際筆者も居間のローテーブルの上のパソコンで、床の上に座ってこれをタイプしている。こういうスタイルはどうしても猫背になりがちであるし、さらに痔も呼びがちであり体にとってあまりいいことはなさそうだ。

生活スタイルをすぐに変えるわけにはゆかないから、肩こり持ちの筆者としてはできるだけ背筋を伸ばして日々送るしかなさそうだ。
Date: 2003年09月04日(木)


[雑記] カメラ無し携帯を増やせ!
携帯電話のメジャーなキャリアの新しいモデルは、揃いも揃ってみんなカメラ付きである。筆者の携帯も例に漏れずカメラ付きだが、これは筆者が求めるキャリア条件や料金、サービスの条件においては他に選択肢がなかったからである。

このモデルを使って一年半ほどたつけれど、カメラはほとんどつかったことがない。おもしろがって撮ったのは最初だけで、そのうち飽きてしまうし、携帯で撮った写真や動画をいきなり他人様に送りつけて無理やり料金を支払わせるほど曲がった根性は持っていないから、とっても使い道がない。携帯カメラで撮った写真なんて、愛用のIXY DIGITAL 200aの画像に比べたら、パソコンに取り込んでもどうにも使えない。

また、携帯電話は気をつけていても落っことすことが少なくない。幸い液晶が小さいこともあって、液晶割れには見舞われていないが、内蔵カメラにはレンズバリアなんて存在しないから、レンズ部を覆うアクリルにヒビが入ってしまい、ただでさえ役に立たないレベルのカメラがますます役に立たないものになってしまった。

キャリア側がカメラ付き、さらには動画機能に力を入れる理由は明らかで、そうしないと通話料が稼げないからである。新しいサービスの提供という言葉の響きはいいけれど、とにかく画像とかバンバン遅らせて通信料を稼がないと、設備費がカバーできない。昔は通話量も高かったが、今はそれも下がってきたし、さらにメールの利用で音声通話ならその何倍もの通話料が稼げるのが、非常に安い金額でメールにて済ませられるようになった。

用途によってはカメラはあると便利なことは否定しない。だが、その一方で用もないのにカメラがついているものだから、デジタル万引きという著作物の著作権を踏みにじるような悪辣な行為が平然とまかりとおり、デジタル万引きを行っている連中には悪いことをしているという意識すらないという、もう論外の状態にまで陥っている。

最近はわからないけれど、企業によっては工場などに入るにはカメラ付き携帯電話は持って入れないところもあったという。理由は明らかで写真を撮られては困る場所で、電話のふりをして写真を撮られる可能性があるからだろう。

ともあれ、現状では事実上カメラ付き以外の機種の選択肢は非常に少ない。使わなければ良いかもしれないが、使いもしない機能に金を払いたくないし、そのために多少なりとも大きく重くなるのは否めない。

結局、大半のユーザー、とりわけ若者たちは携帯電話を使っている風に思っているが、実は携帯電話会社にカモられているだけではないか。
Date: 2003年09月05日(金)


[PC] たまにはPCのお掃除を!
デスクトップPCにせよ、ノートPCにせよ使い続けていると、ごみがたまってくる。このごみというのは、物理的なごみと論理的なごみがある。

物理的なごみというのは文字通りのごみであり、いわゆるほこりとかそういったものだ。キーボードやマウスの回転センサー部、ディスプレイなどは当然として、デスクトップ/タワータイプの筐体であればその内部のほこりだ。自分で組み立てたPCなどだと適宜パーツをアップグレードしたりするので、そのときに自動的に掃除がされるわけだが、そういうことをしない場合はほこりはたまり放題だ。たまったほこりに湿気が加わると電気が通じやすくなり内部でショートしたり、あるいは接触不良や放熱を妨げる原因になる。CPUやグラフィックカードの放熱フィン、ファン、マザーボードのほこりなどは、エアーで吹っ飛ばそう。間違っても合成樹脂のハタキなどを使わないように。

もうひとつ、論理的なごみのほうはやっかいだ。PCに限って言えば購入時のプレインストールのままで、一切のソフトをインストールすることなく使っていればいいけれど、実際問題そんなことはありえない。いや、アプリケーションソフトをインストールしなくても、使っているうちにディスク上のフラグメント(断片化)が発生してディスクアクセスが遅くなる、

Windows標準搭載のデフラグで筆者が良くやる手は、まず休止機能を無効にしてハイバネーションファイルがディスクからなくなるようにする。次にページファイルも使わないようにして、リブートしセーフモードで起動する。こうすると、通常ではハイバネーションファイルとページファイルは移動できないファイルとして扱われるのだが、それがなくなるのでデフラグが多少なりとも効果的に進む。Windows 2000やWindows XP搭載のデフラグは完全にデフラグするのではなくて、どうも適当なところで止めてしまうようなので、何度か繰り返しかけてやる。そして、開始しても直ぐに終わるくらいになったら、ページファイルの設定を戻して通常モードで再起動後に休止機能を有効にする。(セーフモードでは電源のプロパティは開かないから休止機能の設定ができない)

他には、msconifgや窓の手などを使って起動時に自動起動されるプロセスで不要なやつを削る、あるいはもっとドラスティックに不要なサービスを止めたりするのも、自分の環境では使わない機能に無駄なCPUパワーとメモリを食わせないためには有効であるが、これは一歩間違えるとOSが起動しなくなるので要注意であるので、十分な知識がない人は手を出さないほうが良かろう。

まあ、少なくとも普通にデフラグするくらいはたまにはやったほうがよいのは間違いない。最近遅くなったなぁと思ったら、まずデフラグだ。
Date: 2003年09月06日(土)


[雑記] 夜型の私には乾燥機が置ける…
筆者の聞き違いでなければ、ある住宅雑誌のコマーシャルで「夜型の私には乾燥機が置ける…」なんて台詞のものがある。このコマーシャルや住宅雑誌はどうでもよいのだが、問題はこの住宅そのものにある。

都会に暮らして都会で生活をしていると、あるいはそうでなくても職業によっては昼夜逆転生活はやむを得ない場合もある。それはそれで必要だからそうなっているのであるが、昼型人間と夜型人間が住居を接近すると問題が起こる。

例えば小さなマンションやアパートで昼型と夜型が接近していると、昼型が休養する夜にとなりで掃除機をかけたり洗濯機や乾燥機をかけたり、あるいはその逆もあるわけで、お互いの活動騒音で邪魔をしあう。その結果、険悪な仲になったり暴力沙汰に発展することもあるわけだ。あるマンションの経営者によると、やはり生活時間帯が大きく異なる人が同じマンションに住まうと何かと問題が起こるので、できるだけ避けるようにしているらしい。

アパートはどう作っても隣室や上下の騒音から逃れられないから、アパートに入った時点で騒音は覚悟すべきだが、マンションにしても非常にちゃちな構造のマンションが多くて、特に上の階の生活音がもろに構造を伝わって下に響くケースが多い。占有面積が広くて水周りと寝室スペースの間に大きく距離があればまだしも、寝室のとなりがバスルームや洗濯機置き場だったりすると、寝ているときにシャワー音や洗濯機・乾燥機の音で眠れなかったりすることもある。このストレスが高まるとついに爆発してバットを持って怒鳴り込んだりすることにもつながる。

いくら、互いに気をつけて思いやりをもってといっても、やらなくてはならいことはあるわけで、おのずから限界がある。そういう意味では都会の集合住宅選びは慎重にならざるをえない。賃貸住宅なら最悪引っ越せば済むが、分譲マンションだとなかなかそうは行かなくなり、さりとて相手を追い出すわけにゆかず自宅が地獄になる可能性だってある。まあ、分譲マンションなんて超高級な物件以外は、所詮買い捨てで博打だと思っていれば間違いないけれど…。
Date: 2003年09月07日(日)


[デジカメ] DiMAGE A1
筆者が現在使っているデジカメは、Canon IXY DIGITAL 200aMINOLTA DiMAGE 7 (upgrade)である。

Canon IXY DIGITAL 200aはコンパクトデジカメで2002年7月に、SANYO DSC-MZ1を下取りに出して買い換えたものであるが、大変に気に入っている。この後のシリーズとしては、IXY DIGITAL 320になり、さらにIXY DIGITAL 400IXY DIGITAL 30が出ているが、いずれも小さな変更はあるが同じ流れのコンセプトでできている。

コンパクトで堅牢(に見える)ボディ、180gという軽量な質量、このクラスにしては色の再現性のよさ、バッテリーの持ちの良さ(というか、それまでのSANYO DSC-MZ1がひどいという話もあるが)などなどだ。

一方、MINOLTA DiMAGE 7 (upgrade)はといえば、一眼レフではないが一眼タイプのデジカメで、なんといっても35mmフィルム換算で28~200mmという広範囲の手動望遠が特徴だ。コンパクトデジカメではその構造の都合もあって電動ズームが大手を振っているし、これはやや大きめの一眼デジカメ(レンズ交換式を除く)でもある程度はいえる。だが、28~200mmという広範囲のズームを電動でチンタラやっているのは甚だまどろっこしい。筆者の好みから言うと断然手動ズームである。ビデオカメラならともかくスティルなら絶対手動ズームだと思う。

特に、広角側が28mmから入っていて望遠も200mmクラスまで伸びているのは、レンズ交換式の本格一眼デジカメを除けば、つまり、このクラス以下ではこのシリーズくらいしかないのではないか。筆者の利用する状況では望遠側より広角側が欲しい。35mmフィルム換算で35mmくらいの焦点距離では狭い日本の家屋の室内撮影では下がりきれないのである。

だが、このMINOLTA DiMAGE 7 (upgrade)にも欠点がある。一つはAFがまだまだ遅いこと。upgradeにより速くなったがまだ遅いから、動体撮影にはきわめて不向きだ。さらにバッテリー管理にシビアなことだ。ニッケル水素電池を常に良い状態(単に充電されているだけではなく、利用する四本が同じ状態であることだ)でないと、まだいくらも撮影しないのにいきなりローになったりする。だが、そんな欠点はあるが、肌色の再現性はかなりの優れものであり、普段使いではないけれどお気に入りだ。

そんな、MINOLTA DiMAGE 7 (upgrade)の欠点を埋めてくれそうな新製品が出る。それは、DiMAGE A1だ。まだ市場には出ていないからユーザーの評価は得られないが、DiMAGEファンとしては期待のニューマシンである。

筆者としては、このDiMAGE A1はまだ研究していない。下手に研究すると欲しくなること間違いないからだ…。それともう一つ、DiMAGE 7のあと、まもなく改良版のDiMAGE 7iが出たように、DiMAGE A1の後で、手ぶれ補正機能やAFをさらに改良したDiMAGE A1iとかDiMAGE A2とか出る可能性も濃厚であり、というか、そういう期待もあって、それまでは何も見なかったことにしよう。
Date: 2003年09月08日(月)


[デジカメ] DiMAGE A1の手ぶれ補正など
なんだ、かんだ、いいつつ、またしてもDiMAGE A1の話題である。DiMAGE A1の特徴の一つは、手ぶれ補正機能だ。

この手ぶれ補正の特徴は、電子的な補正とかレンズの一部を動かして補正するのではなく、CCDを動かして補正するというものらしい。普通に屋外で撮影している分にはテレ(望遠)側以外では手ぶれなんてあまり気にならないのだが、テレやマクロ(接写)では非常に問題があって、それが故にテレやマクロで綺麗にとるなら原則としては三脚や一脚(モノポッド)が欠かせない。

そもそもきちんと固定していれば手ぶれ補正なんぞ不要であり、手ぶれ補正は邪道であるなんて意見も理解できるのだが、プロカメラマンならいざしらず、普通に素人に毛が生えた程度のホリデーカメラマンがちょっと撮影したり、旅先や日常で家族と撮影したりするには、そうそう固定するわけにもゆかず、「あっ」と思った瞬間を逃さないほうが重要だったりする。三脚なんぞ設定しているうちにシャッターチャンスを逃してしまう。ああ、手ぶれ補正があればなぁ、なんて思ったことはMINOLTA DiMAGE 7 (upgrade)のユーザーとしては、何度も経験があるわけだ。

他にもメーカー曰くのAFの改良は非常に気になるところだ。DiMAGE A1とよく比較対照されるらしいCANONのEOS Kiss Digitalは「高速7点AF」をうたい、DiMAGE A1は「クラス最高速のAF」だという。DiMAGE A1のAFがMINOLTA DiMAGE 7 (upgrade)と比べると(比べるなって!)速いのは疑いないところだが、レンズ交換式では純正レンズで軽いものを使うと、おそらくCANONのEOS Kiss Digitalが速いのではないかと思ったりもする。その速さの違いや正確さがどの程度の差なのか、その差の程度によってはユーザーによってはどうでも良い程度かもしれない。

もう一つ気になるのはバッテリーの持ちだが、こちらは発売されないと一般ユーザーの声はでてこないだろう。

おっと、いけない、結局チェックしているじゃん。DiMAGE A3くらいまで待たないと買えないっつーのに(苦笑)。
Date: 2003年09月09日(火)


[雑記] 昼休みの過ごし方
サラリーマンにとって昼休みの一時間は貴重な一時間だが、この一時間をどのようにお過ごしだろうか。都心だと場所によっては外へ食べに出て行列に並んで、ようやく食事にありついて慌しく食べてオフィスに戻ったら昼休みが終わりなんてこともあろう。筆者も相当昔になるがそういう生活を送っていたこともある。

今のオフィスに変わってから、昼食難民になることは非常に少なくなったので、昼休みが食事でまるまるつぶれることはなくなり余った時間も何をするでもなく気づいたら午後の仕事が始まっていた。

四月になってから、子供が高校へ行き弁当を持ってゆくようになったので、妻に頼んで筆者の分も作ってもらい、弁当持ちになってから昼休みで食事に費やす時間がさらに短くなった。インスタント味噌汁を入れたり、食事後に弁当箱を洗って拭いたりする時間を含めても、自由時間は35分くらいはある。その35分のすごし方を最近ちょっと変えてみた。

今まではオフィスの自席で本を読んだり、ニュースを見たりしていたわけであるが、考えてみたら内勤の仕事でタダでさえほとんどがデスクワークなのに、昼休みまでさらに仕事机にしがみつくのも変ではないか、と今更ではあるが気づいた。幸い勤務先のビルの周囲には、狭いけれどちょっとしたら緑地がある。

そういうわけで、最近は弁当を食べて片付けたあとは、ペーパーバックを片手にビルの外へでて小さな緑地に足を向けて、輝く太陽の下でペーパーバックを読むようになった。まだまだ蝉の声もうるさく日差しも強いが、風はもう真夏のそれではなく、ほんのり秋の香りを乗せてくる感じで気持ちよい。オフィスの中や、単に歩いているだけではなかなかそういう微妙なところに気づいていないということに改めて気づいて、何だか落し物が見つかったような嬉しさを感じるようになった。

それに読書も電車の通勤車中よりも、昼休みの緑地での30分のほうが進むことにも気づいた。残暑とはいえ強い日差しと、心地よい風の中で本を読むのは結構気持ちが良くて、午後の仕事もリフレッシュした状態で始められる。昼休みとは本来こういう使い方をするのではないだろうか、と、サラリーマン生活二十ウン年にして悟りを開いた感じだ。初夏から初秋まで毎日三十分を日の光のもとですごせば、それなりに日焼けもしそうであるが、季節の変化を感じ取ることのできる貴重な時間だ。

このすごし方は今のところ大変に気に入っている。当面昼休みの残りの三十分は戸外で読書だ。
Date: 2003年09月10日(水)


[雑記] 南関東直下型地震
八ヶ岳南麓天文台長の串田嘉男氏によれば、あと数日で南関東直下型地震が起こる可能性があるという。関東地方の直下型地震は、関東大震災など現実に起こっているわけで、再び起こらない理由は今のところ無い。むしろ、無事な日々が続けば続くほど、発生する可能性が高くなるのではないか。

串田氏の説は、各自でWebを探してご自分で評価していただくとしても、こうした種々の予知や予知もどきは、それらをあざ笑ったり軽視したりするのではなく、日々災害への備えをすべきだという強い警鐘と受け取るべきである。特に関東地方、とりわけ南関東から東海地方に住んでいる限り、さほど遠くないうちに必ず大地震に見舞われると思っても良かろう。

筆者自身はそう考えているから、関東地方に住んでいる間には絶対に持ち家は買わない。筆者個人はもともと引越しを多く重ねているので、ある土地から離れられないなんてことはありえなくて、言い換えれば根無し草であるが、それが故に簡単にそれまでの土地を離れてしまうことができる。それどころか日本にだっていなくてもかまわないとすら個人的には思っている。

それはともかくとして、いざというとき日々の警鐘として家族同士で普段から連絡を取り合うにはどうするかなどはまず考えたほうが良かろう。「携帯があるから~」なんてノーテンキなことをいっていてはいけない。災害時には接続が制限されてしまうから、災害地内や災害地へはまず通じない。北海道とか九州とかに親戚がいれば、それらの親戚を家族同士の連絡中継点にするのである。NTTによれば災害地へは非常に通じにくくなるが、災害地から外へは公衆電話(携帯電話や家庭電話ではない)からなら比較的通じるだそうだ。その親戚も東京都と神奈川くらいでは全然だめであるのはおそらく間違いない。

また、普段の通勤時の持ち物も考え直したほうがよさそうだ。マグライト(米国の警察御用達の防水使用の高輝度懐中電灯で、サバイバル対策なら日本製の安物は絶対駄目である)、ホイッスル(笛)、ライター、ナイフ (ポケットサバイバルツールのほうが良い)、非常用薬品少量、タオル、綿素材バンダナ、500mlのペットボトルの水(単なる水であることが重要でジュースや甘いものは駄目)、M&Mチョコレート(笑う無かれ、高温でも溶けないシュガーコートでカロリーの高いチョコを包んで、少しずつ食べられるようにしてあるのは重要だ)などを普段からリュックで持っているとよいという。実は、災害を意図せずして筆者はこれらのかなりを過去の経験から通勤リュックに入れている。

ただ、デパートで販売されている防災グッズなんてのは個人的には非常に疑問なものばかりが入っている。サバイバルグッズで最も優れたものは軍用品であることは疑いない。民生用としてはアウトドア用品、それもアウトドア経験の短い日本製ではなく、海外製のものには非常に優れたものが多い。優れたものは高いけれど、その何分の一かのまがいものはいざというときにまったく役に立たない可能性が高いので、我が家も今一度見直して投資しようとかと思っている。

とにかくこういうことを少しずつ見直す良い。機会を与えてくれていると思えば、先の串田氏の情報に笑うこともなくなろう。あと数日以内には間に合わないかもしれないが、少なくとも、半年後にはかなり準備ができているようにはしたい。
Date: 2003年09月11日(木)


[雑記] 緑内障の検査を受けよう
緑内障という病気を聞いたことがあるだろうか。若い人はほとんど効いたことは無いと思うが、中高年の人は一度は聞いた事があると思う。

仔細は医学書を参照していただくとして、今のところわかっているのは、自覚症状に乏しく、とくに注意すべきが原発開放隅角緑内障で、いまだ解明されていない理由で、眼圧が上昇し、その結果として視神経に障害をきたし、視野狭窄が進行して失明するというもので、現在の日本において失明原因の第二位(第一位は糖尿病性網膜症)だという。糖尿病性網膜症は最近は健康診断の中に眼底検査も入っていたりするわけだが、緑内障のほうはあまり目を向けられていないように思う。

いくつか調べた情報によれば40歳以降で20~30人に一人は程度の差はあれども、緑内障が見られるという。そのまま何もしないで放置すれば、確実に失明への道を歩み、一度障害を受けた視神経は生き返ることもない。だが、早期に発見して眼圧を低く保つ適切な治療を行えば、進行をかなり食い止めることができるという。だが、失った視野あるいは視力を取り戻すことは現在の医学では不可能である。

人は程度の差はあれども40歳を超えると近いところの小さな文字が見づらくなる、いわゆる老眼が始まる。これをきっかけとしてそれまで眼鏡に縁が無かった筆者も例外ではなくて、小さな字のペーパーバックが見づらくなってきた。まあ、ぼちぼちかなぁ、とも思うわけだ。

こんなことを考えいて知人に相談したら、上記緑内障の話の一端を聞かされた。老眼鏡を作るときに、最初に行くのは眼科医か眼鏡屋か?最初に行くのは眼科医だというのである。その理由が上記の緑内障だ。それまでにも眼が悪かったりして、あるいは非常によい心がけで毎年きちんと検診をうけているでも無い限りは、大抵は眼医者には縁がないから、これをきっかけに眼科医の検診を受けるべきだという。だが、一方で眼鏡を合わせるプロは眼科医ではなくて、日常的にそういう経験を多くつんでいるきちんとした眼鏡屋だという。

なるほど、しごくもっともな説明だ。40歳を過ぎれば毎年眼科医の検査を受ける。そこで異常がないことを確認した上で、こんどはきちんとした腕を持ったスタッフと設備を持った眼鏡屋で丁寧にあわせてもらうことだ。

40歳を過ぎてぼちぼち老眼鏡だと思ったら、まずは眼科で検査である。その上で、眼科ではなく、眼鏡のプロフェッショナルの居る眼鏡屋だ。
Date: 2003年09月12日(金)


[雑記] 人体の不思議展
9月6日(土)から12月28日(日)まで、有楽町の東京国際フォーラムにて「人体の不思議展」というのが開催されている。

内容的にはかつてない衝撃的なもので、人体標本の展示だ。人体標本というと普通は精密に作られた模型や、ホルマリン容器に入ったものが普通だったが、最近はプラストミックという技術で標本ができるようになり、常温で保存でき、無臭で手で触っても汚れないという画期的なものらしい。

この「人体の不思議展」では、本人の意思により献体された50体の遺体からプラストミックで作られた標本がこれでもかというくらいの数と、非常にわかりやすい解説とともに展示されている。

人体というと自分たちの体そのものであるにもかかわらず、筆者も含め医学に関係ある人以外のほとんどの人は自分たちの体のことをまったくといって知らない。まあ、知らなくても通常は問題ないわけだが、いざというときに基本的な知識がないと、医師のインフォームドコンセントもまともに受けることができないし、また、まともに説明してくれる医師などほとんど存在しない日本の医療事情においては、下手すれば命にかかわることもある。医師側があまり説明しないのは、第一に患者がそれを求めないことで、第二に患者が起こす医療裁判は基本的に患者側が医師(病院)の過失責任を証明しなければならいからだという。現実にその治療の証拠は医師(病院)の側にあるわけで、それを患者側に証明せよというのは酷であろう。

閑話休題。「人体の不思議展」では、人体全体だけではなく各部の臓器や血管、リンパ、筋肉、骨格、神経など実物の人体によるプラストミック標本により解説されている。

見るまではかなり不気味な雰囲気を想像していたのだが、実際はそんなことはない。見ればみるほど人体の精密さに驚いてしまい、内なる宇宙と呼ばれるのも納得できるわけで、これを調べて治療する医師という職業は、それはものすごい職業であると改めて認識出ると同時に、これだけの精密な人体を相手にする以上、綱に勉強が必要で一度とれば一生有効な医師免許なんて、そんなことが許されて良いのかという疑問も持った。

人体の不思議展」、この機会を逃すと次はいつ見られるかわからない。多少遠くてもこの際家族で見学されることを強くオススメしたい。
Date: 2003年09月13日(土)


[雑記] Reading Glasses
若いころはなんとも思わなかったが、近点視力がやや落ちてきて文字の小さな本が見づらくなったので、ぼちぼち老眼鏡かなぁ、なんて思い始めた。そんなところで気になったのが、先日話題にした緑内障である。で、思い立ったが吉日で早速眼科に行って、きちんと検査を受けてきた。余談だが老眼鏡という言葉はその年齢になるとグサリとくる不謹慎な言葉である。英語では老眼鏡ではなく、"reading glasses" という。なるほど、本を読むときに使う眼鏡ということで非常に論理的であり老眼鏡のような差別的な用語ではない。

結論からいうと、緑内障、白内障ともにその兆候は認めず眼は非常に綺麗であるということであり無罪放免。視力のほうは両眼ともに1.2であるがやや近視傾向にあり、矯正により1.5まで見えるが、別に現状で問題なし。ただし、自覚症状どおり近点視力が落ちており、これはいわゆる老眼であるということだったが、両眼バランスは良いため、まあ、自分で不自由だと思うなら眼鏡を作ればよいでしょう、ということだった。

そのときに眼科医に尋ねたのは、いったいどれくらいの頻度で検査を受けたらよいのかということだが、気になるのなら1年に一回受ければよいが、異常が無い限りはその間隔で良いということだった。

筆者は歯科の検診も年に一度受けており、歯石もそのたびに除去してもらっており、もともと歯の質が非常に良いようだということで、歯と歯茎の手入れを怠らなければ、死ぬまで自分の歯で噛めるだろう、ということだった。だが、眼科のほうはといえば、学生時代に結膜炎だか霰粒腫だか忘れたがそれで通ったくらいで、社会人になってからお世話になった記憶がない。

健康診断や人間ドックでは視力は測るがそれは通り一遍の検査だし、眼底検査は眼の異常というよりは糖尿病性網膜症を早期発見するためで、緑内障を見つけるための検査は無い。そこで、自分で進んでうけるしかない、その良いきっかけが老眼であろう。逆に言えば眼科医に無縁ですごしてきて、老眼の自覚がない人というのは緑内障という点では非常に危険だとも言える。

眼科医へ行って検査をしてもらい、異常なしのお墨付きをもらったあと、今度は眼鏡屋に行った。眼科医は眼の検査や病気の治療のプロフェッショナルである一方で、眼鏡屋は眼鏡をあわせるプロである。

もちろん両者ともそのプロ度合いの差は個人差が大きいのはいうまでもない。眼科医は眼鏡を合わせて処方するのはその本業ではない。矯正した結果で正しく見えているかどうかを検査するのはプロであるが、本人の顔の形や眼鏡のデザイン、最近のレンズやコーティングなどについての知識はまったく期待できないわけだという。一方いきなり眼鏡屋だけに行くのは、緑内障などの重大な病気を見逃す可能性も多いわけで、手間はかかるがそれぞれの良いところをつまみ食いすれば良いのである。そして眼鏡を作ったら、その眼鏡を持って眼科医で検眼してもらう、これが一番であろう。眼鏡を作った眼鏡屋で検眼するのは駄目である。自分ところで作った眼鏡がこりゃ駄目だったと素直に認めるとは思えないのだ。どこで買っても、あまりケチるのは駄目で、レンズはちゃんとしたメーカーのちゃんとしたものでちゃんとしたコーティングのものを選ぶべし、である。だからといって高すぎのを平気で買うのは、金が余っている金持ちのすることで普通のサラリーマンのするこっちゃない。いろいろ調べてみると、単純な単焦点レンズ(乱視なし)でも最低数万円以上はかかるようで、乱視が入ると10万円は覚悟しなくてはならないというが…。

とにかく眼科も眼鏡屋もとにかく選び方なんてのは難しくて、最初から大当たりを引くなんてのはめずらしいと思わねばなるまい。だが、へぼな眼科医でへぼな処方箋を書いてもらい、それをへぼな眼鏡店でつくられてしまい…なんてことは避けねばなるまい。筆者のがあたりだったどうかは今はわからないけれど、少なくとも大はずれということはなさそうではあるけれど、眼鏡屋のほうはとりあえず手ごろに妥協したので大当たりということもない。まあ、いずれまた作り直すからそのときにはまた考えてみるとしよう。
Date: 2003年09月14日(日)


[雑記] Longman Dictionary Of Contemporary English
筆者が愛用の冊子体の英英辞典の主たるものは、"Oxford Advanced Learners Dictioanry"で増進会出版社からCD-ROM付きで国内書店で販売されているものだ。他に冊子体としては、アメリカでのベストセラーの辞典(日本で言えば広辞苑のような位置づけ)の "American Heritage Dictionary of the English Language (4th Edition)" があるが、主として使うのは前者である。

英語辞書フリークの筆者は他にPC辞書や電子辞書もいくつかもっている。PC用辞書ソフトとしては、前述の"Oxford Advanced Learners Dictioanry"の製品版CD-ROM (冊子体付属は機能が限定されている)のほか、Collins E-Dict、"American Heritage Dictionary of the English Language (4th Edition)"付属CD-ROM等で他にもあるが、普段起動して使うことが多いのはこのあたりだ。特に、"Oxford Advanced Learners Dictioanry"のPC版辞書は気に入っている。

学習者用英英辞典の多くは米国より英国もののほうが多い。理由は定かではないが、Oxford もCollinsも英国生まれだ。もう一つ、"Longman"というのも学習者用英英辞典の巨匠ともいえるが、こちらも英国生まれだ。"Longman"には米語版もあるが、一年半ほど前から米語ではなく英国の英語を勉強し始めた筆者にとっては米語ではなく英国版のほうがありがたい。理由は簡単で、イギリス英語版のほうにはイギリス英語での表現はもとよりアメリカ英語についても触れてあるが、米語版のほうにはイギリス英語については触れていないからである。

"Oxford Advanced Learners Dictioanry"の第六版はカラーで非常に見やすくなり、当時の"Lognman Dictionary Of Contemporary English"の地味な黒一色に比べたらはるかに見やすいのである。

その"Lognman Dictionary Of Contemporary English"がカラーになってCD-ROMもついた4訂版が出たことを知り早速買ってきた。単にカラーになったてCD-ROMがついただけではかわないのだが、そのCD-ROMが単に冊子をCD-ROM化しただけではなく、冊子体の用例は15万5千に対し、CD-ROM版では100万の用例を収録されていることに加え、"Lognman Language Activator"のフルコンテンツが搭載されていることだ。

"Lognman Language Activator"は一種の類語辞典だが筆者は簡単にここで紹介しているのでよろしければご覧頂くとして、英語を書くときには研究社英語活用大辞典とあわせて欠かせない道具であると思うが、残念ながらこれがまともに使える電子辞書は存在しなかった。

それが、この"Lognman Dictionary Of Contemporary English"の最新版の付属CD-ROMにフルコンテンツで収められ、なおかつ"Lognman Dictionary Of Contemporary English"のコンテンツとうまく結びついて検索できるようになっており、なんとも素晴らしい仕上がりになっており、PC用英英辞典としてはトップクラスのできばえとして仕上がっている。もう、"Oxford Advanced Learners Dictioanry"のCD-ROM版も色があせるほどの仕上がりだ。

ある程度英語力のある方で英英辞典を探している方なら、あるいは英英辞書のPCソフトを探しているなら、"Lognman Dictionary Of Contemporary English"のCD-ROM付き(桐原書店版では4,000円)が筆者の超オススメである。まずは一度書店で手に取っていただいて自分の眼で見ていただきたい。
Date: 2003年09月15日(月)


[雑記] バイオメトリック認証の普及を!
国内では盗まれた財布に入っていたキャッシュカードから多額の現金を引き出されたという被害の例があとをたたない。その多くは安易な暗証番号を使っているものらしく、たとえば生年月日を暗証番号にしていて、免許証も同じ財布に入れていたり、あるいは暗証番号のヒントになるようなものが入っていたりということらしい。

一般には暗証番号管理は顧客にまかされており安全な番号を使うことが求められており、最近ではATMでその場で暗証番号変更もできるようになっている。だが、所詮たかだか4桁の数字で0000と9999を除けば9998通りしか存在しない数字なので、このようなたった4桁の数字に財産の一部をゆだねることほど危険なことはあるまい。

住基ネットで採用されているICカードにしても、写真貼付とはいえキーになるのはやはり4桁の暗証番号ということで、これではインターネットプロバイダのアカウントのパスワードより安直ではないか。

インターネットにせよコンピュータにせよATMにせよ住基ネットのICカードにせよ、本人認証をたった4桁の数字に頼る時代はとっくに終わっているというのに、導入された歴史が古いATMならともかくも、最新の住基ネットまで4桁の数字で済ませるというのは、もはや危険を承知で、暗証番号管理は本人の責任であるとの逃げ口上でシステムを導入する側が犯罪行為に間接的に加担しているといっても過言ではあるまい。

では何をもって本人を認証するか。今のところ解決策はバイオメトリック認証であろう。指紋、虹彩(アイリス)、掌紋、顔面など生体的な特徴を使って個人を特定するものだ。だが、そのバイオメトリック認証にしても、指紋については一般に普及前にすでに人工指による成りすましによる脆弱性の可能性が指摘されているという。指紋ですらそうなのに、たった4桁の数字にセキュリティなどとは臍が茶を沸かすわけである。それで犯罪が行われても暗証番号の管理者が悪いというのはあまりといえばあまりであろう。結局のところ、先に書いたとおりセキュリティを確保する側の一方的な事情でユーザは危険を押し付けられているわけで、銀行は客に対して犯罪の種を押し付けているといってもよかろう。

とにかく、ATMや住基ネットのICカードのように重要な機能では、早期にバイオメトリック認証を導入すべきだ。バイオメトリック認証と十桁程度の英数字の暗証番号の併用、あるいは、複数のバイオメトリック認証の併用などはコストとのバランスの問題はあるが有効であろう。銀行がこれらに及び腰なのは、現状のままであれば暗証番号破りによる被害は銀行はかぶる必要がないし、現行の4桁のままならシステム変更もしなくてよく経費がかからないからだ。一つのアイデアとして、4桁の脆弱な暗証番号を破られて被害にあった場合は、全面的に銀行側に賠償責任を負わせてはどうか。もちろん厳重な調査は必要だが、銀行側にも経済的責任を負わせるのが重要だ。本来ならここで米国のように銀行の過失に対して、何億もの懲罰的罰金を果たすことができれば、バイオメトリック導入のほうが安上がりになるという意識になろう。

ただでさえ頭が硬く保守的な銀行業界なのだから、このままでは日本のATMの認証システムは何も変わらない。何十年たっても4桁の数字にたよることなるだろう。そんな銀行に自分の日常の資金を管理されても良いのだろうか。はなはだ不安になってくる。
Date: 2003年09月16日(火)


[雑記] ボディピローブームはどこへ?
数年前だろうか、一時日本で抱き枕(ボディピロー)が流行ったことがある。そのときは、どこのデパートの寝具売り場でも抱き枕(ボディピロー)が置いてあり、大型スーパーの寝具売り場ですら見かけることはめずらしくなかったし、通販各社のカタログにも結構掲載されていた。それが、いつの間にかブームが去ってしまい、今は店頭で見かけることは稀で、通販カタログですらほとんど見られなくなってしまった。一体全体どうなっちゃったのだろう?

筆者はブームになる前から、抱き枕(ボディピロー)を愛用している。最初は妙なもんだと思ったが、使ってみると、いやいやかなり快適な代物だ。冬は暖かいし、夏は布団を掛けなくてもこれを抱いていることでお腹が冷えることがない。何より横向きになって眠るときには、体の各所、とりわけ腰のあたりが非常に楽チンなのである。欧米では特に妊娠している女性が好んで使うというが、これは横向きに寝るときに大きくなったお腹をあっぱくすることなく体や腕・足を支えることができるからだろう。

普段抱き枕とか使わない人でも、無意識のうちに掛け布団を抱き枕化していることはあるだろう。気づいたら布団を足と手で抱え込んでいたというやつである。寝相が悪い人の場合は、抱き枕はすぐにあらぬ方へ飛んでゆく可能性が高いが、筆者の場合は幸いにも朝までうまく抱え込んでいることが多い。

普通の枕(筆者はダウン100%のアメリカあるいはカナダ製のダウンピローの愛用者でこれしか使わない)でもある程度寿命があるのだが、さらに抱き枕になると当然使っているうちに痛んでくる。筆者のやつも三年ほどたち、まだ使えるけれどぼちぼち買い替えの声も聞こえてきそうだ。

だが、しかし、である。もう日本で抱き枕、とりわけ詰め物が羽毛であるものは、もうどこでも見かけなくなってしまった。唯一確実な手段は例によって個人輸入だけだ。某寝具メーカーの妙な形のやつとかそれのコピーものだけが入手可能だが、ああいうのは好みではないので即座に却下なのである。

まあ、羽毛枕の類は日本のものにはまっとうなものは皆無なので、やはり羽毛ボディピローも個人輸入するしかないのだろう。
Date: 2003年09月17日(水)


[雑記] 都民住宅
とある場所に都民住宅が建っているのだが、その前を通る機会があると、そのたびに不思議に思うことがある。

その住宅は占有面積55平米程度の2DKで、契約家賃は月額12万円台だが、入居者の年間所得によっては、最高で月5万円程度東京都からの家賃補助が出るので、そういうケースでは月額7何円程度の家賃で済む。都民住宅(都営住宅ではないことに注意)という公共住宅の性格からある程度家賃が低く抑えられているのは別段不思議ではない。

不思議なのは、いや、なんとなく納得できない気分になるのはその駐車場に置かれている車である。都民住宅といえども住宅を必要としている人により安くで住宅を供給するという趣旨があるので、入居条件には収入上限がある。その収入上限は単純な収入ではなく、家族人数によって入居可能な収入範囲が決まっている。低すぎると支払えない可能性があるから駄目なのは当然として、高すぎてもその性格からして駄目なのである。とはいっても、上限額のほうは税込み年収で1,000万円前後なので安くはない。

さて、くだんの都民住宅の住民用駐車スペースにはベンツ筆頭に他にも外車がいつもとまっている。別に外車がいけないのではないが、ベンツを買って乗り回せるくらいの人が、低家賃の公共住宅に住めることがなんとなく納得がゆかない。収入条件は範囲内なのだろうが、同じ収入内であれば、ベンツなど買う余裕はないが、なんとかそういう住宅に住みたい人も多かろう。逆にベンツを変えるくらいの人はもっと他の家賃の高い民間賃貸でもOKのはずではないだろうか。

そう考えると、どうも気持ちがすっきりしない。さらにその都民住宅には、住宅内にごみ集積場がない。住民はどうしているかというと、普通に道路に出しているのである。筆者が住んでいるマンションには、鉄製扉付き(=烏に汚されない)のごみ集積場所があるのに、肝心の都の住宅にそれがないというのはベンツ以上に納得できない。駐車スペースを一台分削ってでも、扉のあるごみ集積場をつくるべきではないだろうか。

うーん、どうもこの『公共』と名の付くものには納得できないものが多いのは何故だろう。
Date: 2003年09月18日(木)


[写真] 二期作のひまわり?
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筆者宅は都心に近いマンションであり庭など望むべくもないが、こういうところを住処にする人の常として、べランダにプランターがあったりするわけで筆者宅も例外ではない。

今年の夏前にミニひまわりの種を子供が買ってきて、とりあえず一つ咲いたあと種を残して枯れた。それから、どれくらいたったろうか、ミニひまわりがあったところから何か芽が出てきた。

なんじゃらほい?と思っているうちに大きくなって、背丈10cmくらいになったころにその正体がわかった。ミニひまわりからこぼれた種が、この暑さのためだろうか、また芽を出したのである。そしてミニのさらにミニであるが、ちゃんとつぼみまでつけている。

台風が近づいて急激に気温が下がってきているし、さすがにぼちぼち残暑も終わりに近いので、花が咲くかどうか疑問だけれど、10cmくらいの背丈のひまわりもかわいいかも…と思ったりするわけだ。

ガンバレ、ミニミニひまわり!

[DiMAGE 7]
Date: 2003年09月19日(金)


[写真] クランベリー
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写真の赤い実は筆者宅の鉢植えクランベリーの一つだ。

クランベリーとは、『ツツジ科の小果樹。北アメリカ原産。茎はつる状。果実は大豆粒大の球形の液果で、美しい赤色を呈する。甘味は乏しいが風味はよく、ソースやゼリー・パイなどに用いられる。』(株式会社三省堂 大辞林 CD-ROM版)のだそうだ。

これまた我が家の子供が買ってきたもので、こちらは種や苗ではなくてすでに実がある程度なっているものを買ってきたのだ。クランベリーというと、お菓子のソースに用いられることが多いらしい。他にも視力回復効果が高いとか、尿路感染予防に効くとか、どこまで本当なのか良くわからない情報もあったりする。クランベリージュースなんてのも市販されていたりするようだ。

それはともかく、写真のクランベリーはかなり赤くなってきている。後ろに写っている黄色い実が、手前の実のように赤くなるわけで、収穫時期は丁度今頃から10月にかけてだという。

収穫するのはちょっともったいない、かわいい赤い実が殺風景なベランダに色を添える。

[DiMAGE 7]
Date: 2003年09月20日(土)


[写真] 我が家のペット
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これは、我が家のペットである(笑)。もちろん、マンション住まいの我が家、かつ、旅行好きの我が家にペットが飼えるわけもなく、いつぞや日記に書いたYUJINのガチャボックス「昭和猫(第一集)」のシークレットである親子猫である。

昭和猫シリーズは猫自身は第一集が一番良くできていて、足の裏の肉球一つ一つまでかなり凝ったできばえになっていて、なんとも可愛いのである。犬派の筆者としては、昭和犬とかいったほうが好みだが、その犬派をもってしても昭和猫は可愛い。

もし、犬か猫を買うなら、筆者個人は間違いなく犬を選ぶだろうが、猫を選ぶとしたら野生味のあるアメリカンショートヘアーとかいいし、もっとおとなしげな見栄えで愛らしいスコティッシュフォールドなんてのもいいねぇ、とか思うわけだ。

ま、とりあえず、我が家のペットは昭和猫…。

[DiMAGE 7]
Date: 2003年09月21日(日)


[写真] ようやく晴れたニャ~
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台風15号は最も西寄りのコースを進んだら、ことによっては関東地方上陸という可能性もあったのだが、幸い東寄りを進んだため、東京も昨日はずっと雨が降っていたとはいうものの、今日はほとんど雨も降ることなく、午後3時過ぎには晴れ間が広がってきた。

台風が本州の北を進むと南からの暖かい空気が日本上空に流れ込むため気温が上がり、今回のように本州の南を通ると、大陸からの冷たい空気が流れ込み下がり冷え込む。今日も朝から風が強くて、気温も涼しいのを通り越して寒いくらいだった。

連休の谷間に有給休暇をとり、10時過ぎに所用があって都心に出たが、駅には薄いダウンジャケットを着た人もいたりして、さすがにこれには驚いたが、それほど体感気温は低かったということだ。

午後になり晴れ間が見えてきたので、自宅の近所を愛用の "DiMAGE 7" をさげて一時間ほどあるいてみた。特に目的はないが、こういうときに足を伸ばして歩いてみると楽しいものだ。

途中、キジ猫を見かけた。晴れ間に誘われて道端で寝ていたのを起こしてしまったようで、ちょっと不機嫌だ。"DiMAGE 7"の難点は「バッテリーに敏感」なのと「AFの速度と精度」にある。このキジ猫ちゃんも、撮影時にはAFのフォーカスインジケーターは猫の顔の鼻面のところにあることを示しているが、実際に元画像をみると後ろの草のほうにあってしまっていたりする。そんなにしょっちゅうはずすわけではないが、ときに思わぬところで外すのでやっかいではある。

[DiMAGE 7]
Date: 2003年09月22日(月)


[写真] 巾着田
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台風明けの秋分の日は朝から秋の日差しが降り注ぐ快晴に恵まれて絶好の外出日和となった。本当ならば、土曜日にでも巾着田(埼玉県日高市高麗)の曼珠沙華を見に行った。

西武線の池袋発の幹線は西武池袋線だが、これは池袋~飯能間の区間だ。飯能~西武秩父間は単線で西武秩父線となり、特急、快速急行等を除けば直通電車も通常は運転されていないようで、特急以外の電車は全て各駅に止まる。

池袋方面から飯能に到着した電車は、ここで進行方向を変えて西武秩父線に入る。小田急であれば、小田原駅でそのまま直進すれば箱根登山電車に乗り入れて箱根湯本へ行けるようになっているが、西武秩父線の飯能駅は池袋線とのスイッチバックのようになっている。特急(ニューレッドアロー)に乗ると、それまで前向きに動いていた電車が飯能を過ぎると後ろ向きに進むようになるわけだ。

高麗駅は飯能から二つ目の駅である。筆者家族が高麗についたのは午前九時半過ぎだ。曼珠沙華の季節はこの駅で降りる人は非常に多いようで、たちまちにして狭いホームが人であふれて、小さな改札出口は長蛇の列となる。幸い電車の本数が少ないので、列がどんどん膨れ上がるようなことにはならない。そのまま人の波に流されるように歩いてゆくと、十数分ほどで巾着田に入る。

早速愛用の "MINOLTA DiMAGE 7 Upgrade" を構えるが、どこへ向けても人の波がファインダーに入り込む。ポスターのような写真がとりたければ、平日の早朝に行くべきであり、彼岸の休日などに行くべきではないのである。それはさておき、曼珠沙華というのは見ればみるほど不思議な花で、5~7個の花が揃って見かけ上一つの花を形作る。さらに、花が咲いているときには葉は見られないし、葉があるときには花は無い。

さて、シーズンにはまだちょっと早いが、巾着田の巾着の中身の下半分のあたりに大量のコスモスが咲いている。曼珠沙華のほうは樹林の中に自生しているわけだが、こちらは青空の下に区切られた枠の中で咲き誇っていて大変美しく気持ちよい。個人的には、曼珠沙華よりコスモスのほうが気に入った。

その後秩父まで足を伸ばしたりして、大変気持ちよい一日をすごすことができた。蛇足ながら、ギャラリーに写真を公開しているのでよろしければご覧いただければ幸いだ。
Date: 2003年09月23日(火)


[雑記] しかしDiMAGE 7のAFは…
愛用のMINOLTA社製レンズ一体一眼風デジカメの "DiMAGE 7" の良く知られた欠点の一つがAFの遅さだ。これはもう、だれがなんと言おうが、合焦までに迷うことも多くスパッと決まらない。

"DiMAGE 7"のAFは映像AF方式、つまりは、CCD上の像のコントラストを検出してレンズを前後させてみて、一番コントラストの高いところを合焦ポイントとするわけで、原理的には迷うというかピントの山を探るように前後することがあっても別段不思議ではないことは承知しているが、やはり何度使っても合わないときは徹底的に合わない。特に原理的にテレ側が苦手であり、したがって?テレマクロもこいつのAFが苦手とするところだ。

幸い、Ver2.00のupgradeで、DMFというAFとMFの中間のようなものが搭載された。これは何かというとAFで合焦したとカメラのプロセッサが思い込んで合焦マークを出した後に、ピントリングをマニュアルで調整することでピントを手動で調整できるので、ある程度絞り込んだあとに、最終的にピントの山はこれで探り当てるということもできる。

これに対して、銀塩一眼レフの同社製 "α-7" などは、位相差検出という方式(こちらは原理が恥ずかしながらイマイチ理解できていない…)で、コントラスト検出方式のようにレンズを前後に動かしてピントの山を探さなくても、レンズを投じてAF検出機構に像が入った時点で、前ピンか後ピンか、さらにどの程度レンズを動かせばピントが合うのかわかるということで、同じAFでも触り比べるとわかるが、"DiMAGE 7" と "α" では子供と大人ほどの合焦時間の差がある。まあ、こういう比較をすること自身がナンセンスではあるのだが、感性的には、やはりスコッときまる "α" のようなAFは実に心地よい。

最新の "DiMAGE A1" は初代 "DiMAGE 7" と同じ方式だがずっと改善されていて、店頭でしばらく触っていても、"DiMAGE 7" とは比較にならないほど気持ちよく決まる。が、価格だけが"DiMAGE A1" と近いというだけで比較されてしまう "EOS KissD" は、一眼レフの常として位相差検出方式を使っているので、当たり前といえば当たり前だが "DiMAGE A1" より気持ちよく合焦するのは、一眼レフデジカメか、コンパクトデジカメのハイエンドかという基本分類を乗り越えて、感性に響く気持ちよさである。だが、"DiMAGE A1" の3DAFもなかなかのもののようで、店頭なので近づく列車を撮るわけには行かないが、店頭で見る範囲では結構イケるような感じだ。

"DiMAGE 7" 愛用者としては、このAFだけで "DiMAGE A1" に乗り換えたくなる。だが一年もすればきっと "DiMAGE A2"とか出るに違いなくて、そう考えて自分を一年ほど慰めるしかなさそうだ。
Date: 2003年09月24日(水)


[雑記] セキュリティの管理責任をユーザーへ一方的に押し付けるな!
インターネットによる各種サービスが充実すればするほど、現状のままでは不便になってゆくものがある。それは何かというと個人IDとパスワードである。

どうでもよいWebサイトのパスワードなんぞには、やはりどうでもよいサイト専用のどうでもよいパスワードを使ってれば滅多なことは起こらないが、お金が動くWebサービス(物品やサービス購入も含む)の利用、オンラインバンキングの利用などの個人IDやパスワードは厳重に管理しないといけない。

このように重要なサイト類のパスワードは共通に使うのは甚だ危険で、一つのサイトのパスワードがなんらかの理由で漏れてしまったら、他にも危険がおよびかねないからだ。また、重要なサイトのパスワードは、より長くて複雑にしなくてはならず、さらに適宜あるいは定期的に変更しなくてはならないし、それを強いるサービスだってある。

サービスを提供する側からすれば、顧客のセキュリティを守るために、顧客のパスワードはできるだけ長く英数字や時には記号も含んだ複雑なものにし、さらに定期的に変更させる必要がある。だが、顧客のほうからすれば、そういうサイトを複数利用するケースもあるわけで、そうそう複雑なパスワードをいくつものサイト用に覚えるわけには行かない。つまり企業側からとってみれば現状のシステムではセキュリティ的には適切であるが、それが各社で行われているから、結果的に顧客は安直なパスワードに走ったり、どこかにメモをとったりしてしまうことになりかえってセキュリティが侵害される危険を招く。

仮にそうやって顧客の責任によりパスワードが解読されたり盗まれたりしても、企業の側は「それは顧客のパスワード管理責任の範疇であり当社に落ち度は無い」と主張できる。たしかにその局面だけとららえればそうなのだが、人間の記憶なんてそんなに優れたものではなくて、あまり脈絡の無い英数字の羅列を何通りも、かつ、それぞれサービスに紐づけて覚えられるほど優れては居ない。

現実問題何らかの記憶補助道具の手助けを借りないとできないような多種のパスワード管理を個人に押し付けられても非常に困るわけだ。さりとて今すぐ解決できるような案はないが、将来的にはこういうクリティカルな情報を扱うサイトにアクセスするには、パソコンにバイオメトリック認証装置をつけて、それが本人確認パスワードになるような仕組みが必要であろう。

簡単に個人が識別でき、利用する個人は現在のパスワードのような不便を強いられることなく、なおかつ盗難の心配もいらないような方向で今から検討すべきではないだろうか。
Date: 2003年09月25日(木)


[雑記] 地震がきて一番危険なのは台所
このところ、地震を筆頭とする天災の話題がマスコミやインターネットから絶えることが無い。阪神・淡路大震災が発生したのが1995年1月17日午前5時46分である。それから早くも8年半以上がたって、平成15年(2003年)十勝沖地震が本日発生した。

地球という惑星の陸上に住む限り、そして地球が生きている限り、可能性の大小こそあれども、地球上どの陸地であっても地震の可能性はゼロにはなりえない。とりわけ、日本では太平洋プレートとフィリピン海プレートが、日本列島が乗っているユーラシアプレート、北米プレートの下にもぐりこんでいて、もはや地震から逃れることは日本国のどこに住んでいても避けることは不可能であるといってもよかろう。

どこに住んでいても、地震にあう可能性はあるわけだ。とりわけ、南関東地方、東海地方はその危険性が非常に高く、人口の密集度からいっても被害の大きさは十勝沖地震とは比較にならないであろう。東海地震に関してはいつ発生しても不思議ではない状況ともいい、勤務先ではサバイバルキットなども配布され、発生時の帰宅困難者対策なども進んでいる。

筆者のオフィスのビルは比較的新しいビルで、免震構造になっているため地震がくると、自宅のようにグワンとゆれるのではなく、大きな船のようにゆらゆらゆっくり揺れて気持ち悪くなりそうだが、各種対策はできているので、はっきり言って普段の行動範囲では一番安全性が高いと言える。

阪神・淡路大震災では1980年以前の建物に被害が集中した。1981年には建築基準法が改正されそれ以降に施工された鉄筋コンクリートのマンションはそれなりの対策がされているようなので、建物そのものが崩壊するようなことは地盤さえしっかりしていれば大丈夫な可能性が高い。木造家屋、とりわけ安普請の建売一戸建ては手抜き工事も後を絶たずかなり危険度が高そうであるが、とりあえず新しいマンションはなんとか耐えられる可能性が高い。

そうなると、先ほど書いたように建物の中としては実は自宅の中が一番危険だ。昔は、ぐらっときたらすぐに台所の火を止めるなんていわれていたが、今はガスについてはメーターのところで自動的にとまるようになっており揺れが収まっても手動回復操作をしないとガスは流れないので、今は『グラッ』ときたら、調理台だから真っ先に離れる、台所が一番危険なのですぐに離れることである。コンロの上のてんぷら油や熱い味噌汁などが揺れて飛び散るし、電気湯沸しポットは吹っ飛び熱湯を撒き散らし、食器棚は倒れてガラスや瀬戸物の破片が襲い掛かり、冷蔵庫も倒れたり滑って襲い掛かってくし、電子レンジは宙を飛ぶ。とにかく全てを放り出して、台所から非難するのが一番である。何をどう耐震工夫しても限界があり、本質的には常に揺れることを前提にしているヨットのギャレーのような構造にしない限り、台所は家中で一番危険なことは間違いない。だから、主婦・主夫の方は台所に居てグラっときたら、全てを放り出して家の中で一番安全な部屋に移動することである。
Date: 2003年09月26日(金)


[雑記] 借家の地震対策は…
お世辞にもゆったりとはいえない東京近郊の賃貸マンションで、地震がきたときに家の中で箪笥や本棚等の収納家具から身を守るのはかなり難しいといえる。

正直なところ、筆者宅も家具を買うときには地震のことなんて考えてなかったから、昔勝ったラックや書棚は木枠にガラスの入った観音開きの扉がある(なんと恐ろしい!!)し、賃貸なので壁固定タイプの倒壊防止金具をつけることもできない。さりとて天井がコンクリートならツッパリ棒の効果もでるが、大抵の天井はぺこぺこだから場所を選ばないと効果ゼロである。

地震の危険が迫るにつれ、賃貸住宅では壁に釘をうつなというのも「家具固定にやむを得ない場合を除く」とかいった例外が必要ではないかとも思う。現状は、器そのものはなんとか対策が進みつつあるけれど、器の中身についてはまるで進歩がない。我々住居者でできるのは、ブラウン管テレビをやめて液晶テレビに買い換える、コンピュータのモニターもCRTから液晶モニタに変えるとか、突っ張り棒(例えば「マグニチュード7」という商品)でしっかりしたコンクリートの天井であればそれに箪笥や本棚を突っ張る。吊り天井や和室の板張り天井ではこれは役に立たないので、「ふんばる君」を使うなどをすることだろうか。壁に固定するのではないから、大丈夫度は下がるが無策よりはるかに望ましい。

本棚もガラス面には飛散防止シートを張り、勝手に扉が開かないように金具を取り付ける。食器棚は理想的にはすべり防止シートを引いて、食器などは伏せて置き重ねないというのが理想だというが、これではほとんど収納できないので、せいぜい普段使わない食器は割れないように包んで箱にしまい物置に入れておくくらいだろうか。あとは普通の本棚だが、倒れない工夫に加えて本が飛び出さない工夫が必要だ。一番良いと思うのは、書棚の各棚に遊園地のジェットコースターの安全棒のように本を出し入れするときだけ棒を持ち上げ、それ以外のときは金属棒が本の前に水平に立ちふさがり本が前に飛び出さないようになるものだが、これは最初からこんな風になっているものは見たことが無いので、自分で作るしかないかもしれないが…

ぼちぼち、家具メーカーなどもデザインだけにこだわるのではなく、デザインと賃貸住宅向けの倒壊防止工夫や本の飛び出し防止の工夫ができたものが増えても良いと思う。食器意だななどは特に家具メーカーには工夫を強く望みたいものである。
Date: 2003年09月27日(土)


[雑記] ガラス飛散防止シート
地震の話ばかりで恐縮だが、家庭内は地震の際かなり危険な要素が沢山あるのはすでに書いたとおりで、都心近くの小さなマンション住まいの筆者宅も例外ではない。

さすがに食器棚は堅い天井にしっかりと「マグニチュード7」で固定し、ガラス扉には飛散防止シートが貼ってある。冷蔵庫も「一応」してあるのだが、いかんせん四箇所のうち二箇所がキャスターになっている冷蔵庫だから、コンクリート壁にしっかりとしたワイヤーを打ち付けて固定でもしない限り、100kgを超える重量のものの移動や転倒はかなり避け難いものがある。

家庭内のガラスといえば窓ガラスのほかに、我が家にはリビングの本棚とラックにガラス扉があるが、長い間これには飛散防止シートを貼っていなかったので、この休日にその対策をした。

飛散防止シートは、ものにもよるのだろうが、筆者が使ったものはガラス面を綺麗にして100倍程度に薄めた弱アルカリ性の住まいの洗剤を霧吹きして、飛散防止シートのほうも粘着面の保護シートをはがしながら、同じく霧吹きをする。そしてガラス面に貼り付けてヘラでしっかりと空気と洗剤液を抜いてゆく。

やってみるとわかるが、実はこのゴムヘラというのが重要で、タオルで済ませようなどとすると気泡を取り去ることは可能だが、液胞というか洗剤がガラスとシートの間で気泡のようになったままになりシートが張り付かない。実は前回はヘラ類似品を使ったのだが、今回は手じかに無かったのでタオルだけで済ませようとしたら美味く行かなかった。何か代理品はないかと思って使ったのが薄い発泡スチロールの板でこれでスクイーズして気泡・液胞を除いて何時間か置けばおわりである。

最初から樹脂をガラスで挟み込んだ強化ガラスではないから、飛散を完全に防ぐことはできないが、きちんと貼り付ければおそらく何もしないよりははるかにマシであろう。

飛散防止シートは、地震対策だけではなくて、小さな子供が家庭内に居る場合にも、予期せぬ事故を防ぐためにも食器棚や書棚には貼り付けておいたほうがよかろう。
Date: 2003年09月28日(日)


[雑記] DEADLINE
"DEADLINE"、いわゆる「締め切り」とか「最終期限」である。仕事に "DEADLINE" があるのは当たり前中の当たり前であるが、仕事を離れたところでも "DEADLINE" は至るところにある。実は明日は定例の英会話レッスンなのだけれど、宿題がまだできていない。休みなどもあったので、二週間分のレッスンが無かったから、宿題もタップリ出ているのにまだできていない。

誰でも経験があるとは思うけれど、締め切りまであと一ヶ月あるとか、二週間あるとか思うとまず間違いなくすぐには手をつけない。子供時代の夏休みに記憶を戻せば、やはり八月下旬になってあわてて宿題をやり始めた記憶がある。理屈では、毎日少しずつやっていれば何の苦労もしないのだが、そんな几帳面に宿題を片付けた記憶はとんとない。夏休み前には、「七月のうちに宿題全部片付けて、八月は遊びまくるぞ!」とか思うのだが、そんなのは夏休みに突入すると吹き飛んでしまい、いきなり遊びはじめてしまい、宿題はカバンの中にはいったまま…ってなことを毎年繰り返してきたわけだ。

こういうのは幼いころからの習慣ともいえるもので、幼いころからきちんと地道に片付けてゆくことが習慣付いていれば、大人になっても地道に片付けてゆけるのであろう。だが、筆者にはそういう気持ちはあるが習慣として身についていないので、結局いまだに直前になってあたふたしてしまう。

さすがに仕事の場合は、他にも "DEADLINE" のものが多くあるので、優先順位や "DEADLINE" 順に仕事を片付けてゆかねば、仕事が回らなくなり、いずれはクビになってしまうから、ちゃんと片付けている。

さて、こんな雑文をやっている暇は無い。明日の英会話のディスカッションの準備をしなくては…
Date: 2003年09月29日(月)


[雑記] 東海道新幹線品川駅
明日、東海道新幹線の品川駅が開業する。なんで品川くんだりなんぞに…と思うのだが、これは、東京駅のホーム数では車内整備時間を入れるとこれ以上新幹線の増発ができないというのが元々の理由らしい。

それではどうすれば良いか…ってーんで目をつけられたのが品川らしい。品川どまり・品川始発の新幹線を運行すれば本数も増やすことができるのだ、と当初は聞いていたような記憶がある。

だが、実際にダイヤが発表されてみれば、品川折り返しの新幹線は今のところ運行されない。結局、一時間当たり現在は「のぞみ:ひかり=2:7」が「のぞみ:ひかり=7:2」に変わっただけである。JR東海(どうでもいいけれどJR東海のサイトは異様に重い!新幹線整備もいいがWebサイトや回線の整備もしてくれ!)によれば、のぞみ指定席料金は値下げになるといい、さらにのぞみ自由席を新設(一編成3両だそうな!)するというのだが、従来の指定席特急回数券はのぞみには使えないそうで、得をするのは従来のぞみ指定席を普通料金で乗っていた乗客だけで、あとは事実上の値上げであろう。

なにより品川なんて駅が曲者で、品川折り返しで本数を増やすならともかく、本数が同じでは何の意味があるのあろうか?京浜急行で羽田空港へ便利になるかもしれないが、東海道新幹線と飛行機を乗り継ぐ乗客がいったいどれくらいいるのだろう。

品川駅というのは筆者的には恐ろしく不便な駅である。純粋な地下鉄はまったく通っていない。京浜急行とそれに乗り入れている浅草線の一部が通っているだけで、さらに浅草線ってのは、他の地下鉄線とは恐ろしいまでに相性が悪くて、地下鉄乗り換え駅は大江戸線蔵前、新宿線馬喰横山、大江戸線大門、三田線三田で、大江戸線以外は乗り継ぎに不便な線ばかりである。便利になるのは山手線では渋谷ターミナルの人くらいではないかと思う。

結局、本数を増やすでもなく、事実上の値上げをして、不便な駅を開業したのだが、今後の品川駅の利用状況の推移が見ものである。
Date: 2003年09月30日(火)

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