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あいちゃんの日記帳 2003年08月分

あいちゃんの日記帳

2003年08月の日記


[雑記] 日本へ戻って腹立たしいこと
旅行から帰り成田空港から都心近くの我が家に向かうたびに腹立たしいことがある。

ケアンズから帰国したのは、先週火曜日の夜だ。SARSの影響で往復ともに成田空港は、この時期にしては人が少なくて、おかげでいつもより早くに入国審査や税関を抜けることができた。

成田空港から都心まで、筆者はいつも京成スカイライナーを使う。筆者の経路だとJR東日本の成田エキスプレスは、五割がた高いうえに時間的なメリットがほとんど出ないことと、あのBOX固定シートが嫌いだからである。

それはともかく、成田からの夜のスカイライナーはがらがらで閑古鳥が鳴いている状態だった。日暮里について山手線に乗り換えるわけだが、ここでいつも思うのは、なぜ、山手線の日暮里駅ホームにはエスカレーターがないのかということだ。

海外旅行者でここで山手線へ、あるいはスカイライナーへ乗り換える人も多いと思うのだが、皆さん山手線ホームの階段で大きな荷物をえっちらおっちらを運ぶわけだ。もちろん京成側には上り下り両方ともエスカレーターが付いている。これは、成田空港に行くには京成スカイライナーなんか使わずに、JR東日本の成田エクスプレスを使えというJR東日本の陰謀ではないかといいたくなる。

海外旅行はまだしも、バリアフリーという面では少しずつ整備されつつあるとはいえ、東京近郊では駅の数の多さもあってか、JR東日本は遅れているところが多い。それに引き換え私鉄各社は努力をしてかなりの速度でバリアフリー化を進めている。これは障害を持つ方だけではなく、ベビーカーを押す親たちにも、JR東日本の日暮里駅は敵であるとも言えるわけで、これはひねくれた見方をするなら、成田エキスプレスへ足を向けさせるために、障害者やベビーカーを押す親を敵に回しているといえる。

実際問題、JR東日本を使わずに京成スカイライナーに乗ることができるならそれでもよい。今度は、地下鉄経由で京成の通常特急でいってみようかしらと思う。そうすれば地下鉄経由になるし、エスカレーターあるいはエレベーターが装備されているのだ。時間はかかるかもしれないが、費用は成田エキスプレスの三分の一になるというメリットもある。

このJR東日本の日暮里駅が、日本へ戻って最初に腹が立つことであり、これは京成スカイライナーの日暮里で乗り換えるかなりの方に同意をいただけるのではないだろうか。

次に筆者が怒りを感じるのは山手線だ。これはさきとちがい明確な理由がない。ただ、人が多すぎて、他人との距離が狭くなり、なぜか腹立たしくなってくる。ちょっとしたことで、例えば、他の乗客がだまって筆者をちょっと押しのけて降りる(残念だが東京ではこれが当たり前になってしまっている)たりするだけで、いきなり怒りが爆発寸前になり、追いかけていって後ろから殴り倒したい衝動にかられる。

きわめて暴力的で危険な衝動ではあり、これはもともと筆者の非常に短気で怒りっぽい危険な性格からくるところが多いが、それでも人間が持つ本来のなわばり、最低限の他人との防衛距離を確保できないからではないかと思っている。つまり、自分のなわばりを互いに侵犯しているのと同じことになり、一触即発の状態になる。これが第二の腹立ちだ。

一般的には、一触即発とはいえ、それが日常になると一見した状態ではそれに慣れてしまうので、普通は何もおこらない。だが、時として駅で暴力事件があり、朝のターミナル駅ではどこでも毎日のように揉め事が起こっているわけだ。

東京に戻って思うのは、便利さでは世界一といっておそらく間違いない都市であろうが、あまりにも人が密集しすぎだ。人が密集しすぎると、人が人の心を失う。まさに「忙」である。これは好んでそうなるわけではなく、自然にそうなるのだと思う。

東京ほど極端ではないが、New ZealandではChristchurchよりAucklandのほうが圧倒的に人口が多く、人は忙しく動いている。だから、街の雰囲気もAucklandのほうが、Christchurchに比べると殺伐とした感じになる。といっても、もちろん日本の大抵の大都市よりとは比較にすらならないが…。

このように感じるのも帰国後何日かであり、それを過ぎるとまた元に戻って慣れてしまう自分が実は非常に恐ろしいと思う。
Date: 2003年08月10日(日)


[旅行] 海外旅行での日本人とパックツアー
筆者は、このサイト「旅路の部屋」には、1999年以来の「おじさん一人旅」の旅行記や家族旅行の旅行記も公開している。

これらの旅行記について、時々お問い合わせを頂いたり、役に立ったとか参考にさせていただいたといったメールを頂くこともあれば、まれに「貴方は日本人を悪く言い過ぎる」といったお叱りもゼロではない。

別に日本人を目の敵にしているわけでもなくて、筆者自身は日本で生まれて日本人として育ったことを誇りに思っているし、日本という美しい国も愛している(が、現在の社会システムや政治には言いたい事は山ほどある)のだけれど、筆者が一人で海外旅行して、できるだけ現地のペースにあわせて現地に溶け込もうと努力をすると、良くも悪くもとたんに日本人観光客が目に付いてしまう。これが不思議なことに自分が日本人団体の一人として動いているときは、全然気づかないのだ。

パッケージツアーは便利なシステムだし、それはそれで非常にメリットもあるので、別に否定することもしないし、言葉が通じない(必要な最低限の外国語能力がない)場所で安全に観光するにはきわめて便利な存在であること疑いがなくて、これにより多くの人が海外旅行に行けるわけで、なくてはならない存在である。

問題なのは、日本を離れたらそこは日本ではないという当たり前のことを忘れないようにすべきだとうことである。公共の場でのマナーなどはその典型である。日本人は総じてお行儀が良いので大きな問題はないけれど、会社の社員旅行などの団体ツアーでは、とたんに無法になったりして、大声出し放題、タバコはポイ捨てする、道端に痰は吐くなど、土地によってはとんでもない光景を何度も目にしている。これに比べればお土産店にバスで乗り付けて嵐のように現れて去ってゆくのは、甚だ異様に映るが多分に無害に近いといえる。

まずは、公共の場でのマナーを守る、そのマナーの基準は日本の基準ではなくその国のマナーである。日本でも最近はタバコのポイ捨てはマナーどころか条例違反になりつつあるけれど、まだまだ国内で徹底するには程遠い。普段の習慣が、まわりが日本人ばかりだとついうっかり出てしまうことを常に意識すべきだ。

もう一つは同じく公共の場での子供の管理である。最近の日本は安全であるとはいえないし、都会では治安面において危険になりつつあるが、それでもスーパーで子供を放り出しても大抵の場合は何もおきない。ハワイだとこの調子でホノルルのスーパーなどで子供を放り出してる親を見かけることが少なくないがこれはかなり危険ではないか。現地の新聞などを見れば、いかに子供の誘拐が多いかがわかるであろう。聞くところでは子供は一旦誘拐されればそれは取引に危険を伴う身代金目当てではなく、子供の臓器を移植用に売ってしまうのだそうで、まさに悪魔そのものとも言える犯罪だ。海外で子供をちょtっと見失ったらもう二度と生きて会えるとは思わないほうがよかろう。

そういう物騒な話ではなくても、いろいろな店で子供を放り出し、子供たちは走り回ったり他人にぶつかっても謝りもせず、エレベーターでは他人を押しのけて乗り降りする光景にはさんざん出会った。これに比べれば、例えばハワイであればメインランドからの客の子供たちは実に躾がよい。ハワイに遊びに来るメインランドの人はある程度経済力がある中流層以上だというのはあるが、それでも他人とぶつかって黙っているなんてのは相対的には非常に少ない(ゼロとは言わない)。ぶつかりそうになっただけでも普通はきちんと謝る。言葉は日本語でもよいから、こういうときにきちんと謝ったりできる日本人の子供は残念ながらあまりみかけない。まあ、親ができない人が多いのだから仕方あるまいとあきらめることにしてるのだが…。

これらの原因は、私見では、まだまだ海外での個人行動に慣れていないらしいこと、言葉の壁が必要以上に心理的な壁を築いているらしいこと(言葉は通じなくても気持ちは通じることが多いのだが)、それらの結果として日本人で固まって行動することが多く外国であることを意識しにくいこと、などがあろう。また、それらについて親が手本となっていないのである。

これらのバリアーを取り払う一つのきっかけが、パックツアー脱出だと思っている。パックツアー脱出するためには、最低限の現地で通じる言葉が話せなくてはホテルへも行けない。パックツアーから離れることで、周囲を日本人以外に囲まれることが多くなり、必然的に緊張感もでるし、日本の延長で考えることも減るかもしれない。

海外旅行で意図して日本人が多い場所を離れて、その土地のペースになじむように努力すると、ちょっと今までの自分を離れて俯瞰的に日本人観光客を見ることができるようになるのは間違いない。
Date: 2003年08月11日(月)


[雑記] 豊島園へ行くには…
東京都は練馬区内に豊島園という遊園地がある。昨今の景気沈滞でテーマパークや遊園地はどこも苦戦を強いられており、東京ディズニーリゾートの一人がちという感じがする。それでも、プールを持っている遊園地は、この時期の土日はドル箱である。

豊島園という遊園地へ行くには、公共交通機関を使うと西武鉄道池袋線で池袋から練馬へゆき(準急なら7分、普通なら10~13分)、そこで豊島園行きに乗り換えるか、池袋から豊島園直通の豊島園行き普通に乗る。もう一つは都営地下鉄大江戸線で同じく豊島園で降りるかだ。

一方マイカーではどうするかというと、これが不便というか悲惨なことに狭い豊島園通りしかない。マイカーで来る人のほとんどは、目白通りあるいは千川通りから豊島園通りへ入ることになり、あるいは、谷原の交差点で環八をちょっと北上して谷原3丁目の信号器を右に折れて豊島園通りに合流するわけだ。

こうやって地図を見ていると甚だ簡単なのであるが、この時期の天気の良い土日の豊島園通りは猛烈な渋滞となる。目白通りや千川通りから豊島園通りに入る時点からして渋滞で、豊島園を目と鼻の先にして駐車場に車を放り込むのに、一時間で入れれば相当ラッキーなほうだといえて、ニ~三時間は覚悟が必要かもしれないというのは決して大げさではない。筆者の知人たちでこの渋滞に巻き込まれて散々な目にあった連中は、「二度と豊島園へは車で行かない」と言っている。

まあ、どれくらいから渋滞するかというと、朝からかんかん照りでプール日和の日曜日などだと、朝の8時前後からすでに大渋滞しているのである。だから、ちょっと遠くからなので、8時に練馬あたりに居ればいいだろう、なんて思っていると、プールに入れるころには昼前だったりすることもある。

夏休み中はプールオープンは午前9時なので、それに間に合えばいいや、なんて思っているととんでもない間違いで、7時ごろに豊島園通りに居れば辛うじて渋滞にあわずにすむわけで、午後はまだかんかん照りの2時頃に豊島園を出ないと、逆渋滞にはまることになる。豊島園通りでの渋滞を避けるには、電車でくるのが一番である。そうすればお父さんはビールも安心して飲めるわけだ(笑)。

どうしても車だぁという場合、豊島園通りの渋滞だけを避ける一つのアイデアとしては、練馬駅北口地下駐車場という手もあるかもしれない。筆者はいかなる保障もしないし責任も負わないが、アイデアとしてはここまで車で来てここに車をとめて、すぐそばの練馬駅から西武豊島線で豊島園まで行くというアイデアだ。西武線の豊島園駅を降りると目の前が豊島園の正面ゲートである。ここの駐車場も天気の良い週末はすぐに満車になるらしいので、いずれにせよまだ涼しいうちに練馬あるいは豊島園付近に到着するしかない。それが嫌なら電車で行くことである。
Date: 2003年08月12日(火)


[雑記] Baked beans
Baked beans というのをご存知だろうか。

料理の名前なのだが、筆者が最初この名前を聞いたときは、bakedというからには豆に何らかの加工を施して焼いたもの、イメージとしてはhash brown (hashed brownとも言う)に似て、豆をつぶしてパテ状にしてそれを平たく伸ばして焼いたものかしらんと思った。

だが、筆者にこの名前を伝えてくれたロンドンっ子の英国紳士は、日本でもロンドンの倍以上の値段はするけれどナショナル麻布(広尾にある輸入食品雑貨スーパー)で缶詰が売っている、と言った。

何?缶詰?Hash brown様のものは冷凍になることはあっても、缶詰にはならないぞ。うーむ、それは何者だ?その疑問に答えるべく、というわけではなくて、ナショナル麻布に行く機会があったので、探してみたらあったぜ!って感じで買ってきた。それはHEINZ社のもので、缶のラベルを見ると、どこが "baked" だぁ?どうみても煮豆である。缶ラベルのingredientsの表示をみると、どうやらトマト風味ソースでの煮豆っぽい感じだ。

この缶詰を開けずに、7月末からオーストラリアのケアンズに出かけた。そのとき宿泊したPacific International Hotelのバフェ朝食の料理の一つにあった。実は昨年一人旅で言ったときも、メニューとして出ていたのだが、見た目からして不味そうだったので手をつけなかったのである。

だが、さすがに二年連続手をつけないのは失礼にあたるし、フレンドリーなスタッフたちに申し訳ないと、家族全員各自の皿にとってみた。ふむ、確かにトマト風味のソースで煮込んだ白インゲンだわい。これのどこが baked 何だ?

味は人により感じ方が様々なのであるが、筆者を含め我が家の全員が結構気に入ったのである。その後帰国してから、例のHeinz社の缶詰のbaked beansをあけて説明にしたがって電子レンジで暖めて食してみたら、うん、うん、Pacific International Hotelで食べたものと同じだ、いや同じ料理である。

その後、Webを検索していると、このbaked beansというやつ日本人にはあまり評判がよろしくないようで、英国の不味い料理の代表の一つのような言われ方もしていたりして、気の毒である。

まあ、美味い不味いは個人の味覚の問題なのでとやかくはいわないけれど、日本の料理で育った人間にとって日本の料理が美味いのは当然で、それ以外の料理が口にあわない(=人によってはこれを不味いと表現するわけだ)のは不自然ではない。だから、他人が不味いといっても、自分はそうは感じないこともあるわけだ。至近な例では、納豆があろう。あんな腐ったすごい臭くて不味いものはこの世の最悪の食い物だという人も居れば、最高に美味いという人もいるわけだ。

話がそれたけれど、baked beansとは基本的には白インゲン豆のトマト風味ソース煮込みである。味の性格からして、白飯にぴったり!というわけには行かないと筆者は思う。英国人の大好物であるというこのbaked beansはやはりパンに合うと筆者も思う。そのパンというのも日本流に白くて柔らかなものは上品過ぎるように思う。Baked beansがあうのは、海外旅行先よく見かける茶色っぽくてパサついた固めのパンではないか。この手のパン、日本人には嫌いな人が多いらしいが、筆者は大好きとはいわないまでも別段嫌いではない。結構飽きずに食べられたりする。

ともあれ、baked beansだ。その正体を舌で味わいたい方、筆者が現時点で知る範囲では広尾のナショナル麻布マーケットの1F食品売り場で300円だか350円だか(失念)で買える。他にも輸入食品店においてある可能性があるので、興味がある方は探してみてはどうか。
Date: 2003年08月13日(水)


[雑記] やっぱり冷夏
筆者がケアンズに行っている間に、東京では梅雨が明けてそれまでの涼しさから、一気に蒸し暑い夏になったらしくて、その激変に閉口している人が筆者の周囲でも多かった。そして8月10日の日曜日は猛暑となり、練馬区豊玉北にあるアメダスの観測所では、この日の最高気温は35.2度を記録した。

猛暑の日の都区内の最高気温というと、練馬というのがいつも出てくるわけなのだが、なぜ毎度毎度練馬があがるのか。そもそも気象庁の発表する都区内の最高気温は、アメダスなどの観測所のあるところの気温なわけで、都区内では練馬(練馬区豊玉上)、世田谷(世田谷区上用賀)、東京(千代田区大手町)、新木場(江東区新木場)、羽田(大田区羽田)しかない。この中で一番高かったのが練馬というだけの話しなので、実際に都区内で一番暑かったかどうかは別の話だ。

なぜこの中で練馬が毎度一番暑いかというと、大手町、新木場、羽田、世田谷などに比べるとかなり内陸部にあり、海からの風が入りにくいことや、大きな川が近くにないこと、などもあって内陸性の気候で気温があがるのらしい。

それでもこの夏で暑いぞ!というのは、この8月10日を中心とした二週間程度であり、あとは全部冷夏である。それも半端ではなくて、昼間でも冷房不要、夜は夏掛け布団や肌掛け布団では寒くて、筆者などは普通の羽毛布団を使ったくらいだ。

ちなみに、筆者は寒さにはめっぽう弱いほうだが、New Zealandが好きになってから、真冬以外の寒さには強くなってきた(笑)。体が、New Zealandに慣れるように着々と準備を進めているのかもしれないが、とにかく、この冷夏において街中で半数くらいが長袖を着ているときでも、半袖ポロシャツで別段寒いとも思わなくなったのである。

閑話休題。とにかく、涼しい。下手すれば10月くらいの気温の日々なのだそうで、すでに東日本では農作物の影響が心配である。だが、経済からいうと、農作物よりも冷夏に伴う、夏物衣類や家電の消費低迷の影響が大きくなってきるのだという。夏物が売れるのは7月から猛暑の時だそうで、お盆を過ぎて暑くなったところで残りわずかの夏なので、あえてそこに諸費を向けることはないらしい。この7月はずっと冷夏だったので、衣料品や家電の落ち込みはかなり厳しいのではないだろうか。夏は思いっきり暑くて、冬は思いっきり寒いのが経済上は好ましいのである。

景気が底を打ったとかいわれはじめているところへ、この冷夏である。これがこの先の景気にどのような影響があるか。この冬が思い切り冷え込めば景気上の効果は期待できるが、昨今の東京はヒートアイランドで年々暖冬になっているので、それも期待できない。どうなることやら…。
Date: 2003年08月14日(木)


[雑記] 西友はWal-Martへ
世界最大の流通企業であるWal-Martが国内大手の西友と資本・業務両面で包括提携に合意したのは2002年3月14日の話である。早いもので、もう一年半近くなるわけだ。

その時の話では、Wal-Martは西友の第三者割当増資で出資比率6.1%の株主になる。そして将来はそれを66.7%まで高める権利まで獲得し、結果的に西友を買収してWal-Mart参加におさめることになる。

このときは出資比率は6.1%だったが、今はどうなったろうか。株式会社西友の公開株式情報によれば、2003年5月29日現在で、最大の株主は約2億1596万株を所有するワイオミング・ホールディング ・ジーエムビーエイチという会社で何と37.67%だ。次が住友商事で5930万株の住友商事の10.34%、西武百貨店に至っては2068万株の3.60%、クレディセゾンに至っては1805万株のたった3.14%である。同社はさらに8月12日にも第三者割当による新株式発行を発表しており、発行株式数は3500万株で約2018万株を、ワイオミング・ホールディング・ジーエムビーエイチが引き受ける。この増資により発行済株式総数は、約6億2470万株になり、持ち株比率はさらに上昇(わずかであるが)する。

このワイオミング・ホールディング・ジーエムビーエイチ(Wyoming Holding GmbH)というのが、実はWal-Mart(Wal-Mart Stores, Inc)の全額出資子会社ということで、すでに西友には役員を派遣している。

こうして西友は西武色はどんどん薄くなってくるのだが、Wal-Martの進出というのは本家アメリカで一般の人はどう受け止めているのか。北米の友人(日本人にあらず)に言わせると、意外なことにきわめて危険な企業だという。

すなわち新しい店をオープンしたら、まずは徹底的に安売り攻勢に出る。とにかく安く売る。まさに "EVERYDAY LOW PRICE" の掛け声どおりにする。そしてその近隣の商圏の消費者を徹底的にひきつける。当然、その周囲の旧来の店はどんどんつぶれてゆく。そして周囲にめぼしい競争相手が無くなったところで、安売りを減らしてゆき利益を稼ぐという。さらに、そこで、もう稼げなくなったとなると簡単に引き払ってしまうのだとも言った。そうなると、旧来の店もなく、大型店もなくなったその土地の人はきわめて困った事態がしばらくは続くのだという。

まあ、西友を完全に掌握したからといってこのやり方が日本で通じるかどうかは別だけれど、Wal-Mart以来、実際の西友の営業スタイルが微妙に変わってきたのは事実だ。自宅近所の大型店は閉店時間が遅くなったのは便利だが、生鮮の価格は平均的に高くなったというか、安いものが無くなった。以前は特売の日とそうでない日の落差が結構合ったが、今は平均化されそういう意味では "EVERYDAY LOW PRICE" であるが、"LOWEST" な日が無くなったといってもよい。また、沿線で新たに小さな西友が開店したところでは、まさに先のWal-Martのやり方どおりで、いつのまにか地元のスーパーが営業を止めてしまったらしい。

世界最大の仕入れ力を誇っての平均的な安値攻撃には大抵の日本の流通業はかなわないことは間違いない。ただ、日本の現在の中流階級の消費者層は、安いだけでは満足しないということだ。安いだけがとりえでは失敗するのはダイエーの例もあろう(原因はそれだけではないが…)。西友の実験店では、安いのはもちろんだが、それと並行して高級品も並べることで、客数が8割り増しになったという話もあるし、高級食品を中心とした輸入食品スーパーなどに多くの日本人が訪れるのもその傾向の一つだ。

我が家でも全部を安く納めようとしているわけではなくて、醤油はキッコーマンの安売りではなくて、デパートでちょっと高級品を買って使っている。これは風味や味で圧倒的に差があって、醤油を使う全ての料理に絶大な影響があるからなのだが、全部を安物にするのではなく、どこか高級品も使いたいと思う。そういう心理を満足させてくれないと、安売りだけがとりえではいずれ日本では破綻するのではないか。
Date: 2003年08月15日(金)


[雑記] 西友のWal-Mart化は進む?
昨日の話題の続き。

西友は今月に入ってから、ついにテスト的にWal-Martのプライベートブランド(ハウスブランド)の加工食品の店頭販売を始めた。筆者が実際に店頭で確認できたのは、Wal-Martのハウスブランドである "Great Value" シリーズの、コーヒー豆(Ground)、1400gの大型缶入りジュース、ミックスナッツなどである。

こうした加工食品、とりわけスナック類は日米の嗜好の差は歴然としているので、どこまで売れるか個人的には疑問を感じたりする。ミックスナッツにしても、日本の一般家庭で煎餅を食べる頻度とミックスナッツを食べる頻度とどちらが高いかは、まあ、尋ねるまでもなかろう。煎餅をおやつに常備している家庭は多くあれども、ミックスナッツを常備している家庭はそうそう無いような気がする。

コーヒーは我が家でも良く飲むけれど、日本のお茶のように頻繁に飲むわけではなくて、濃い目に出したコーヒーを一日一回とか飲むのかいいところだと思う。この場合、量が多くて安価なものを選ぶより、そこそこ高くても美味しいものを少ない量で選ぶのではないか。実際問題、我が家でも最近はハワイから個人輸入しているコナ・コーヒーのpeaberryがメインとなっている。コナ・コーヒーは日本ではあまり名前が売れていないので、高くて売れ行きが悪く店頭ではまともなものが買えないから個人輸入するのである。店頭で買えるコナ・コーヒーは焙煎して時間がたちすぎているので、はっきりいってかなり不味いものが多い。筆者も安くない店頭販売のコナ・コーヒーを何度か買って失敗してからは個人輸入に頼るようになった。

個人的には、ジュース(もちろん果汁100%)の類は、アメリカのほうが美味しいものが多いように思うので、それが安くで入手できるのは嬉しいが、"Great Value"ブランドのジュースが美味しいかどうかは知らない。1400gで198円なので、これは試してみるとしましょうかね。コーヒー豆は安いので、オフィスで飲むにはいいかもしれん、とか思ったりする。

他にも西友のWal-Mart手法の取り入れは進んでいて、"Everyday Low Price"がWal-Martの基本なので、それに習って例えば肉類も今までのように肉の日とかでの特売はほとんどなくなり、かわりに三品よりどり1000円なんてのが登場してきたが、近所の西友ではそういうシステムになってから、あきらかに精肉売場で足を止める客の数が減った。昔は毎週火曜日が肉の日で20%引きになっていたので、そのときは結構我が家も買っていたのだが、三品1000円になってから安くなくなったし、余計なものを買わないといけなくなるので止めたのである。これならば、池袋東武百貨店地下のニュークィックという精肉店のほうが、新鮮で安いものが買えるし、他の近所のスーパーのほうが量が同じなら価格が安い、価格が同じなら量が多いのである。

米系企業でほんとうの一流の経営者は国内と欧州に力を向けるといわれる。アジアに派遣されるエクゼクティブは二流、三流だともいわれ、そのため彼らは国内本拠点のボスに首をきられないために、短期で利益をあげて見込みがなくなるととっとと撤退する。その跡に残るのは残骸のみ…ということもありうるわけだ。

Wal-Martは自社店舗名での日本国内店舗展開はまだだし、西友がWal-Mart Japanに改名するという話もまだないので、この先どうなるのかまったくわからない。経営状態のよろしくない西友でもあるので、Wal-Martが撤退したら企業存続が難しくなるかもしれない。だが、米本社はそれでも自社利益が確保できればよいわけなのであり、今後数年の間にどうなるか結論が出るであろうと思う。
Date: 2003年08月16日(土)


[雑記] 旅行記Webを作ると旅行は三度楽しい
筆者の場合、海外旅行は三回楽しい。

まず、最初はプランニングの段階だ。行く先を決めたら、Webなどを使っていろいろ調べて計画を立てる。どこに泊まろうか、どこを観光しようか、アクティビティは何があるか…などで、決めた計画に従って必要な手配をする。つまり、旅行準備と手配の楽しみである。

次に旅行そのものが楽しいのは言うまでも無い。楽しいとは言っても、最初の海外一人旅のときはドキドキもので、なんど止めようと思ったかわからないが、崖から飛び降りるつもりで(大げさな!)やってみたら、なんと海外一人旅の楽しいことよ!もちろん、家族旅行も別の楽しさがあるのは当然で、とにかく旅行そのものが楽しい。

普通はここで終わるわけだが、筆者の場合は旅行にパソコンなどを持っていって、その日の旅日記をその日のうちに時間を掛けて書いてしまう。人間の記憶なんていい加減なもので、帰国してからではいくらメモをとっていたとしても、感動の記録を再現することは不可能だし、仔細までは思い出せないとか勘違いするのが普通だ。この旅日記とデジカメで撮影した写真をもとにWeb用の旅行記を作るのが楽しい。気持ちは旅の再現だ。別に他人様に見てよろこんでもらおうというよりも、自分や家族で見るのに楽しいのである。また、次回以降の参考にもなったりする。

最初と二番目は旅行の準備と旅行そのものなので、だれしも程度の差こそあれやるわけだ。たとえツアーであっても、各社のツアーパンフレットをあつめてあれでもない、これでもないとか検討したり、ガイドブックを眺めたりするわけで、これがそこそこ楽しいプロセスであるのは疑いあるまい。

けれども、三つ目は普通の人はやらない。せいぜいDPEからあがってきた写真を眺めたり、よくてそれらをアルバムに整理したりするくらいであろう。別にWebでなくても良いけれど、写真入りの旅行記というのは、後々見ると非常に楽しいものである。写真だけではなく文章がある、それもその地でその日に書いた生々しい感動を込めた文章なので、自分としては気持ちは時間旅行をしてそのときに戻ることができる。後々思い出し出し書いた文章とは違って当たり前である。

そういうわけで筆者にとって海外旅行は三度楽しい。いや、作ったWebを自分で見ることでひょっとしたら三回半とか四回くらい楽しいかもしれない。
Date: 2003年08月17日(日)


[雑記] Wal-Martの商品にチャレンジ
西友とWal-Martの話の続きだ。

西友店頭には、全部の店舗かどうかしらないけれど、Wal-Martのハウスブランドである "Great Value" の加工食品の一部が並び始めたと先日書いた。コーヒー豆、ジュース数種、ナッツ二種などである。食べずして評価もできまい、ってことで、先日ジュースとナッツを買ってみた。

購入したジュースは、「ピンクグレープフルーツ」で1400gの(日本国内の家庭用としては)きわめて大きなサイズの缶である。およそ1400mlあるものが、そのままどでんと缶の中に1400mlの液体が入っているのはいいが、問題は開缶した後だ。ペットボトルならキャップをして冷蔵庫に放り込めば良いが、缶だとそうは行かぬ。

アメリカの映画やドラマだと、でっかい冷蔵庫からジュースの入ったピッチャーを取り出して飲むシーンとかがよくあるけれど、なるほどそういうわけかと、この馬鹿でかい缶をみて気づいた。すなわち、購入して最初に飲むときに中身をピッチャーなどに移してしまうのである。

そうやって見ると、近所の西友では、このでっかい缶ジュースの側には、麦茶などを冷やす冷蔵ポットが一緒においてあり「ジュースの中身を移すのに便利です」として売られていた。なるほど、なるほど。こういう馬鹿でかい缶ジュースにはほとんど縁がないのが、普通の日本の家庭なので、こういうサジェスチョン兼商売も必要なのね、とやや感心。

筆者はどうしたかというと、ちょうど2リッターのミネラルウォーターの空きペットボトルを洗浄して乾燥したものがあったので、それに移すことした。だが、我が家には漏斗なるものがないので、えらく苦労はしたがとにかく移した。

で、味はというと、ごく普通のピンクグレープフルーツのジュースである。ウルトラ美味だとか激マズということではなく、ごく普通の100%のピンクグレープフルーツだ。この「ごく普通」ってのは重要なところで、爆発的ではないがコンスタントに売れるのは「ごく普通」のものなのである。1400mlで198円というは、1000mlで100円とかの特価品には価格で及ばないし、使い勝手からいうと紙パックのほうが扱いやすいので、今後どの程度売れるかは興味があるところだ。これが140円を切るくらいになるならば、結構うれるかもしれない。

もうひとつはミックスナッツ。大小二種類あるが買ったのは小さいほうで498円也。こちらもラベルには "Great Value" のロゴがあるが、ジュースと違って、説明書きの近くに "Wal-Mart" の文字があるので、Wal-Martのハウスブランドであることがわかる。

缶に樹脂製の蓋が付いているタイプで、その樹脂製の蓋をとると、缶きり入らずの缶かと思えばさにあらず。厚手のアルミ?のシールでぴったりと覆われているので、それを剥がすか破ればよい。缶きり入らずの缶にすると、開けたあとの缶の切り口(エッジ)が鋭利になり、そこでズバッと手を切ってしまう可能性が大きいからであろう。ある程度の多きさがあり、手を突っ込んで食べられるサイズの缶なので、缶のエッジは丸められていて手を切ることがないようになっているのはうれしい配慮である。こうしないとUSでは損害賠償必須だからだろうが、利用者にはありがたいことだ。

ナッツのほうはまさにミックスナッツ。ミックスにすることでコストを下げている。ピーナツ、アーモンド、カシューナッツ、ガルバンゾービーンズ(ひよこ豆)、その他なんだかわからない巨大な豆(笑)などがある。塩加減はちょうど良くて、一種類のナッツだけよりは飽きが来なくて良い。それだけについつい食べ過ぎてしまった(笑)。これが498円というのは、得か、損か。まあ、日本ではナッツ類は安くないので、ほとんど無選別のミックスとはいえお買い得感はあると個人的には思うわけで、とりあえず気に入った。

さて、次回は別の種類のジュースを買ってみるとしよう。
Date: 2003年08月18日(月)


[雑記] ミネラルウォーター
筆者が子供のころの日本では瓶入り飲料水を買って家庭内で使うなんてのは、ほとんどありえなかった。水はほとんどただ同然で安全で美味しいものが手に入るような感じだった。もちろん、水道代を支払っているのでただの訳はないのだが。

海外の多くの地域では安全で美味しい飲料水を入手するには、金を払ってスーパーなどで買うのが当たり前であると知ったのは、そんなに昔の話ではない。最初は信じられなかったが、水質の違いなどから、ある意味やむを得ないのであるとも知った。

それが、いまや日本においてもミネラルウォーターと称して、瓶入りの飲料水を買うのはめずらしくないし、上水道の水がとりあえず安全ではあるけれど不味いというところにおいて、プチ贅沢指向も加わって、浄水器と共に売れ始め、スーパーの客寄せ特売の目玉となったりするようになった。

実際問題、現在筆者は東京区部に住んでいるのだけれど、浄水器を通さない水は非常にまずい。気にしなければそれでいいのだろうが、まずいのは事実だ。それでも、安全に飲めるだけ感謝しなくてはいけない。地球上には味云々の前に、安全な水道水を飲めるところはさほどないようだ。そういう意味では、不味くとも水道水を飲んでも安全だということに大いなる感謝をせねばならない。

だが、思うに、日本においては水道水の味の良さと自然の豊かさ、裏を返せば、水道水のまずさと自然破壊は比例しているようだ。そういう意味では、ニュージーランドの水道水は、東京とは比較にならない。自然保護が日本のように建前倒れや中途半端ではなく、人々の心構えからして徹底しており農業・牧羊国なので水質にも気が配られているのだそうだ。ちなみに、同国は羊肉(lamb)だけではなく、鹿肉(venson)でも生産量は世界トップクラスだという。実際問題、あちこちに鹿牧場があったりして鹿が飼育されているのを見た。

店頭で販売されている水の採取地を見ればわかるとおり、国産の水でもまだまだ美味しい水は沢山あるし、日本名水百選なんてのもあったりするわけで、そういうところは自然が豊かで、それがゆえに人の心も豊かであろう。

東京に居ると、もうここ(日本)って最低最悪の土地だなぁとか思うことが非常に多いのだが、ミネラルウォーターの採取地ラベルを見て、うーん、まだまだ日本も捨てたものじゃないなとも思う。本来、日本は大変自然が美しい国である。今の日本経済は自然破壊と引き換えに得られたところが多いのだが、その実情は西欧先進国のように世界のリーダーシップを持てるでもなく、相変わらず他国の顔をうかがわないと生きてゆけないし、一般庶民レベルでも相変わらずの横並び指向である。

そんなことをつらつら考えると、個人的には急激な経済発展で得たものより失ったもののほうが多いのではないかと思う。それも、二度と取り戻せないものを沢山失ってしまった。もう、これ以上失いたくはない、もっとのんびりすごせばいいではないか!ミネラルウォーターの採取地の文字がそう語りかけているように感じた。
Date: 2003年08月19日(火)


[雑記] 大学選び
我が家の一人っ子は現在高校一年生だが、夏休みの宿題のひとつとして、大学を最低2校以上は見学してくることというのがある。

筆者が通っていた高校はごく普通の公立高校であり、大学見学をしてこいなんて言われたことすらなかった。実際問題、大学をどこにしようかなんてのを真剣に考え始めたのは、高校3年になってからである。もちろん、周囲でも入試難関校を狙う連中は、そんな悠長ではなかったのはいうまでのないが、ほとんどの生徒はのんびりしたものだったし、また、当時は難関校狙いでなければそれでも充分だった。

筆者が大学を選んだ基準は、
・自分の学力よりちょっと上のレベルの難易度
・自分の将来の進路に見合った学科や設備のある学校
・通学に近い
ことであった。

そもそも、大学選びなんだから、まず大学を選ぶのではなくて、まず将来の進路をある程度固めてから、それにふさわしい学部や学科を選び、そして、通学距離や学費、難易度、就職率や就職先などで見るべきである。

筆者は、小学生の時点で、理工系の仕事をしたいとおぼろげにおもっていて、中学生の時にはじめた電子工作が病みつきになりその方面に進みたいと絞込み、高校で学んだアルゴリズムの授業から当時のプログラム電卓をつかってのプログラムの面白さを知り電子工学系の学科に進んだ。

そして大学では、それらの集大成ともいえる自分で電子回路を設計して部品を集めてコンピュータをつくり、プログラミングしてOSを作るということに病みつきになり、ゼミには情報系のゼミを選んで、コンピュータを飯の種にすることにした。

このように、筆者の場合は段階を経て絞り込んでいるわけで、途中で、まるっきり違う他の分野を考えたことはなかった。これが良いことだったか、悪いことだったかは死ぬときになって初めてわかるような気がするが、大学卒業後二十年以上たった今でも、この道一筋だったことが悪いことだったは思っていない。ただ、ひとつ、大学卒業時点で英語がぺらぺらになっておきたかったというのが唯一の後悔で、それを補うためにいまだに一所懸命努力していてどうにかこうにかなってきつつあるわけだが、まだまだである。

では、我が子の場合はどうだろう。我が子は理数系が苦手で歴史と英語が好きという文型人間であり、進路も電子工学なんてことは、日本が沈没しようがありえないことである。本人は歴史系に進みたいという希望があるようだが、今ひとつ絞りかねているようで、コンピュータ系も好きなので、情報関係(筆者の時代と違って今は文系でも情報系があるのは当たり前だ)も捨てきれないみたいだから、まだまだ迷っているところだろう。高校一年ならそれでも良い。。

まあ、そういう風にある程度は目星がついているので、いまのところはそれらに向かうにはどういう学科あるいは学部がよくて、それには通学や卒業後を考えるとどこがよさそうかをじっくり選べば良い。レベル的には自分の実力+普通の努力で入れるレベルで良いと思う。

実際問題、自分の学力をかなり上回るようなところに、ガリ勉して土日もつぶして予備校にかよったとしても、入学後についてゆけない可能性だってあるし、何よりそこまで努力しても、社会人になってからの差なんてのは高級官僚でも目指さない限りはまったく関係ないといえる。

それよりは、苦手科目は苦手度を減らし、得意科目を他人には絶対負けないくらいの自身がつくように伸ばし、一方でボランティアや海外ホームステイをするなどで経験の幅を広げることのほうがはるかに重要である。他人が予備校に行くからとか、他人があんな風にしているから、といった理由でそれをまねるのは馬鹿であるし、そのようなことは将来を考えたときになんら役立たない。そんなことをするより、ボランティアや海外経験をして、自分の経験の幅を広げて自分の考えを持てるようにすることのほうがはるかに重要だ。

これから求められるのは、他人と同じように同じことをできる人材ではない。そういう人材は重宝ではあるが単に便利なだけで、代わりの駒はいくらだっている。それよりは、他人にはない特徴をもち、それを有意義に伸ばして、他人や企業に寄与できる人間のほうが重要である。この先、日本の企業をワールドワイドで競争力のある企業に育てるのは、「横並び思考の人間」ではない。
Date: 2003年08月20日(水)


[PC] CF-T2
Panasonic Let's note LIGHT CF-T2を手にしたのが二ヶ月近く前のことだ。

それから、家族でのケアンズ旅行にも連れて行ったり、自宅ではほとんどメインマシンとして活躍してくれるなど大活躍している。これまでのノートはパワーやストレージ容量の問題で、メインマシンにはなりえなかった。デスクトップを導入するまでは、仕方なくメインマシンだったわけであるが、それは苦労のわりに報われない作業の積み重ねだった。

それが、Pentium M搭載のCF-T2は非常に快適になった。メモリは今のところ標準の256MBで使っているが、筆者の使い方では問題ないし、ハードディスクも40GB(実質は37GB程度)あるから、かなり溜め込んでも大丈夫。もちろん、筆者の場合は、動画や音楽をノートPCに溜め込む趣味は無いからカも知れないし、CPUやグラフィックパワーが必要なゲーム類、動画編集などはデスクトップでやるからというもある。

だが、なんと言っても、CF-T2が常用できるほとんどメインになりえたのは、やはりそのパワー故だ。Pentium Mというのは当初の期待を大きく裏切って快適に動く。筆者は同時にCF-R1も使っている(こちらは仕事)だが、動きの機敏さ、とりわけソフト起動時などに相当な体感差を感じるし、休止からの復帰も断然CF-T2のほうが早い。

また、Pentium M採用でCentrinoロゴのついたノートPCについている無線LANも便利である。セキュリティ面を考えると、どうにも好きになれないのだが、オンラインショッピングはデスクトップのほうからしかしないか、CF-T2を有線LANに切り替えて使うようにしているし、ステーション側にも現在できる限りの対策は施している(単なる暗号化というだけではない)ので、安心とは決して言わないけれど、まあ、便利さとのバランスで許せるところだ。

何より、CF-T2は筆者の使い方では標準でも3~3.5時間は持つので、ダイニングテーブルなどで延々ネットサーフィンをしていても、電池が切れるまえに人間のほうが嫌になってしまう。

今まで多くのノートPCを使ってきたが、ほぼメインとして使っていたものはあったけれど、それはかなりのストレスを代償にしていたことは疑いがない。だがCF-T2では、その代償はかなり低い。もちろん、それはそこそこ高速なデスクトップがあるからだ、という裏付けがあるからに相違ないが、それでも現時点においては十二分に優秀だといえる。旅行に持ってゆくにも1kgという重さは許せるし、大きさも問題はない。むしろ旅先で妙に小さなスクリーンでちまちまやるより、12インチの液晶でゆっくり画面を見るほうがはるかに快適だ。

買って二ヶ月、いよいよ頼もしい相棒になってきた。
Date: 2003年08月21日(木)


[PC] セキュリティ意識の低さ
またもやワーム(コンピュータウィルスの一種だが自ら感染可能な先を探し出して能動的に感染を広げてゆくタイプ)である Blaster が猛威を振るっている。閉じたネットであるからウィルス感染は無いなんて、ほざいているネットもあるようだが、昨今のウィルス拡大はモバイルからも広がる。

対策の不十分なノートPCが感染しているのも知らずに、閉じたネットにそのパソコンを持ち込んで接続することで、「閉じたネットだから安心」とろくにセキュリティ対策やセキュリティパッチも適用していなかった業務システム内にあっという間に広まって、業務をダウンさせるなんてのはもはやめずらしくない。

住基ネットだって、閉じたネットとかいろいろ言い訳はいっているが、ソーシャルエンジニアリングへの対策は皆無といってよいし、モバイルからの感染を防ぐ効果のある手段はとられてないようだ。

ウィルス拡大による被害というのは、これはほとんどの場合は事故ではなくて、防ごうと思えば適切な対策を常時行うことで防げるものだから人災といってよい。パッチの適用を怠ったために感染してネット内に被害を及ぼしたとか、ウィルス対策ソフトを導入していなかったとか、ウィルスデータファイルを常に最新のものを使っていなかったとかいうのは、これは怠慢以外の何者でもない。

昔のコンピュータウィルスはFDなどのメディアを通して、感染したプログラムを知らずに実行することで感染が広まったりしたが、今はネット経由で接続しているだけで自分は何もしなくてもやられてしまう可能性があるということを理解しなければならない。そういう意味では、途中でファイアウォールソフトやNATのブロードバンドルーターを接続せずにブロードバンド接続しているなんてのは(多くの個人ユーザがそうであろう)自殺行為に等しい。

ケーブルテレビなどでは一部にはルーターを接続することを禁じているところもあるようで、そういう会社は間違っても契約すべきではない。ブロードバンド接続、常時接続するということは、パソコンが起動している間はつねにやられる可能性があると自覚すべきだ。そのリスクを小さくするために、NAT機能のあるブロードバンドルーターを使う、できればファイアウォール機能がついているとなおよく、外部からの通信(インバウンド)には一切答えない、ようにしておくべきだ。これだけでかなり被害を防ぐことができる。

また、メールやWebからの感染を防ぐには、Outlook Expressといった世界的にメジャーなメールソフトは攻撃手段が知れ渡っているので、そういうのは使わないようにする。筆者はJustsystemのShriken Pro2を愛用している。これとて安全という保証はないが、相対的にはOutlook Expressなどに比べたらはるかにマイナーであり安全度は高いといえる。もちろん、不審なメールは一切開かない、HTML形式でいきなり開かないといった防衛は当たり前にやっているのはいうまでもない。

不審なメールは開かない、不審なサイト(アダルトも含め)には訪問しない、ウィルス対策ソフトは必ず導入し、ウィルスデータは毎日必ず更新する(いつ変わっているかわからないケースもあるので更新はLive Updateだけに頼らず手動でも毎日やるべきだ)、できればファイアウォールソフトを導入する、WindowsXPのファイアウォール機能をオンにする、ブロードバンドではNAT機能をもった(普通はそうだろう)ルーターを必ず間に挟む。そして忘れてはならないのが、OSのセキュリティパッチが出たら速やかに適用することだ。ここまでやれば、大抵の場合は大丈夫だといってもよいし、これで感染したら、世界中のほとんどのWindows PCが感染することになるだろう。

大切なのはこれらの防御システムをデスクトップに限らず、ノートPCにも適用することだ。これを怠ると、自宅で感染して会社にウィルスをばらまくという、モバイルウィルス屋になってしまう。今はまだ日本では話を聞かないが、そういう基本的な防衛もせずに会社にウィルスをばらまいたら懲戒処分になってもおかしくはないし、与えた損害と行っていた防衛策の甘さによっては懲戒免職にしてもよい。

また、会社や役所のネットにおいても、それがオープンであれクローズであれ、認証されたパソコンでないと接続できない(電気的には接続できるが論理的に接続できない)ようにすべきである。そして認証されたパソコン(デスクトップやノート)の管理者は、それに対して前述のような可能な限り最大限の防衛を行う義務があり、それを著しく怠ってネット内に甚大な損害を与えた場合は無条件に懲戒免職にしてもよい。それくらい厳しくしないと、危機意識がたかまらないであろうからやむを得ないであろう。

とにかく、家庭でも会社でも役所でも、うちのコンピュータは安全、なんてありえあい。たとえ住基ネットであってもそんなのはありえない。安全神話なんてのは存在しないと思って、万一を想定した対策を行うべきだし、最大限の努力を払うべきである。何事もまずは個人の意識改革から始まるというが、パソコンのセキュリティ対策などはその典型であろう。

会社で、「いやぁ、俺のパソコンもやられちゃったみたいだよ、なんとかしてよ!」なんてニマニマしながら言う上司が居たら、即刻その場で首を切っても良いと思うのだが…。
Date: 2003年08月22日(金)


[雑記] 女子大
筆者は男性であるからして、「女子大」という言葉の響きには何ともいえない憧れの響きを感じる(笑)。男性であり教職員でもないからおよそ女子大なるものには無縁なのは当たり前であろう。

それはともかく、女子高1年の我が子が夏休みに各私立大学が開催しているオープンキャンパスに行くというので、今日は土曜日でもあり、妻の薦めもあって某女子大にくっついていった。何より、堂々と女子大のキャンパスを歩けるなんて、仕事でもない限りはそうそう機会はないし、仕事で女子大へ行くことはまあ可能性として非常に小さいであろう。そんな好奇心もあって出かけた。

彼女が中学3年のとき、学校長推薦で通るべく志望校の説明会にはかなりの回数、筆者は彼女と二人で出席して回数を稼いだ。高校の説明会ならまだ保護者同伴は当たり前だが、女子大となるとちょっと話は違う。親がくっついてゆくとか、行かないという問題ではなく、絶対数としてキャンパス内の男性数が少なくて、一歩間違えれば校内をうろつく不審なスケベ中年のオッサンになってしまいかねない。

彼女はたまたま学校の夏期講習に参加した後だったので、高校の制服を着ているから、オープンキャンパスで制服姿の高校生が居ればそれは見学者であろうと思われるのが自然で、その彼女と一緒にいる中年のオッサンは、親あるいは保護者であろうことは明らかなので問題はない。

女子高の説明会のときは、体験授業も一緒に聞かせていただいたことがあった。オープンキャンパスでも似たようなことがあって、体験授業があるというのでそちらのほうへ向かった。だが、今回彼女が選んだ体験授業は実験室で行われるもので、実験室は土足禁止なのだそうでゲスト用にサンダルが用意されているようだ。

まあ、さすがに女子大だからいくら見学者の高校生の親とはいえ深入りには心理的に限度もあって、物理的にも履き替えるべきサンダルは、当然のことながらすべからく女性用ばかりだったというのもある。

仕方なく、近くの学生ホールのようなところ、自販機やテーブルがあるところに腰を下ろして自販機で買ったミネラルウォーターで喉をうるおして待つことにした。だが、周囲はキャンパスガイドや相談に乗る在校生の女性(大学生)や、見学に来た女子高校生や母親ばかりである。基本的に職員以外は男性は居ないのは当たり前の環境で、いくらオープンキャンパスとはいえ、ぽつんと一人で時間を過ごすのは結構辛いものがある。

かといって、外でぼーっとしているのは、ますますもって怪しいオッサンなので、ここにとどまるのがベストと考えて、持ってきたペーパーバックを読み始めて、見た目と持ち物からして国籍すら怪しい正体不明のオッサンになってしまった。

実際問題、周囲の人はそんなことは気にしていないに違いないし、学生達は見学に来た高校生の父親でここで待っているのだろうくらいに思っているに相違ない。それはわかっていても、なんとなく心理的な圧迫感はかなりある、というか、勝手に感じているだけだろうが…。正直なところ、大変に素晴らしいキャンパス・設備であるが、妙に居心地が悪い半日であった。

ああ、疲れた…。
Date: 2003年08月23日(土)


[雑記] 箱物行政
日本の行政の大きな一つの特徴に箱物行政なるものがある。要するに、とにかく「施設」(箱)を作ることで政治や行政の実績としてしまう行政である。何かと批判の多い「箱物行政」であるけれど、これは一朝一夕には解決できないかなり根深いものがあると思う。

専門的な分析は、その道のプロにゆだれるとして、一納税者・一民間企業労働者から見て、なぜこうなるのかを考えてた。

どうも日本人というのは、昔から形の見えないものには価値を認めない傾向がある。今でこそパソコンのソフトウェアには金を払うものだというものが、ようやく定着しつつある(とはいえ企業内はもとより家庭内のカジュアルコピーが行われている数に至っては天文学的な数字になるであろう)が、筆者がコンピュータ業界に入ったころには、まだまだ、ソフトウェアは形がないから金物であるハードウェアのおまけであり、まっさきに値引きの対象になっていた。だから、ソフトウェア開発は昔から遅れており、ハードウェアだけは先進的だが、ソフトウェアはTRONの一部を除けば、日本は全滅である。

同様にサービスにしてもそうである。サービスこそまったく目に見えなくて受けたサービスに関する評価も千差万別だ。日本にはチップを別に払うという習慣が基本的には無いから、サービスに関する料金はは本来の料金に含まれているにもかかわらず、ついサービスはタダであると思ってしまいがちである。だから、チップの習慣がある国や地域へ行くと、適切なサービスを受けたにもかかわらずそれに対する自分の評価による対価を支払わないことがある。故にとりわけ日本人観光客の多いハワイなどだと、レストランで「当店ではチップは料金に含まれて降りません」なんて日本語で書いた紙が料理の最後に出てきたりするわけである。

まあ、とにかく目の見えないもの、広い意味でのソフトウェアには金を払いたがらないのが日本人である。そういう古来の評価スタイル層に受けるには、やはり行政や政治家も「物」を作るしかない。さらに、日本では所得税・住民税は給与天引きという楽チンかつ効率的なシステムが故に自分の年税額を把握しているサラリーマンは少なくて、12月にもらう源泉徴収票を見て「あーあ」と嘆くだけなので、税金の使途などについての関心が非常に薄い。使途への関心が薄いから、無駄遣いされてもその結果だけをみて「あーあ」と同じため息をつく。これが国民全体の傾向としてそうなので、国全体が「あーあ」となる。

行政や政治家にとってみれば、「物を作らないと納税者からは評価されない」「一旦収められた税金の使途については国民はほとんど無関心」と二つの大きな特徴の基で仕事をするわけで、結果は明らかだ。すなわち「金を使っても文句言われないし、箱を作ればそれなりに評価してくれるんだから、とりあえず金を使って箱を作ればよい」となるのは当然だ。

こうした状況を脱するには急には不可能なのである。まず、次世代を担う子供たちに、経済の仕組や税金などをシミュレーションをさせる。会社経営でもいいし、自治体運営でも良い。楽しくゲーム的に、かつ、実践的に感覚を身につける。もう一つは、サラリーマンの源泉徴収を撤廃することだ。とにかく全て申告納税にする。手間は格段に増えるが、税金に対する関心は少なくとも今よりはあがる、と思うのだが…。

とにかく、箱物行政の真の原因を作っているのは、行政でも政治家でもない。私たち国民自身の意識の低さにあるといってもよいと筆者は断言する。
Date: 2003年08月24日(日)


[雑記] 東京のバスのバリアフリーはクライストチャーチ以下?
クライストチャーチ。ニュージーランドの南島最大の都市で、ニュージーランドの中でもっともヨーロッパの面影を残しているそうで、確かに北島最大都市であるオークランドと比べたら街の雰囲気はまるで違う。もちろん人の多さが全然違うというのが大きな理由であることは間違いないけれど、やはり建物や街そのものがかもし出す雰囲気が違うのであろう。

そのクライストチャーチで驚いたことが一つあった。クライストチャーチには東京のような地下鉄や鉄道といったものはない。公共交通機関はバスのみである。そのバスだが、クライストチャーチのバス系統は、二年ほど前に再編されたのだそうで、大変に便利に出来ている。
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東京都区部の人口が2001年5月時点で約818万人、一方ニュージーランドはといえば、国全体で人口が373万人(2001年)、クライストチャーチ市ではたったの31万6千人と、東京都北区の32万5千人、中野区の30万9千人とほぼ同じ、区部で最も人口の多い世田谷区の81万4千人の半分にも満たないという人口の違いがあるので、単純比較はできないけれど、システムとしてはその基本的に姿勢に大いに違いを感じた。

肌で感じた最大の違いは、クライストチャーチのバスはノンステップバスが非常に多い、といういかほとんどがノンステップバスであるということだ。ハワイのオアフ全島をカバーする THE BUS でも東京のバスと同じくノンステップバスというのは非常に少ないわけであるが、クライストチャーチについては、それが非常に多いのには驚いた。滞在中乗換を含めて幾度もバス(Red Bus)を利用したけれど、そのほとんどがいわゆるノンステップ(super low floor)であった。

都内でノンステップバスを見かけることはまだまだ稀であるが、実際に使ってみると非常に載りやすく降りやすいことがわかる。障害をもつ方にとっては当然として、高齢者や妊娠している方、子供を抱っこした人、ベビーカーに子供を乗せている人、などには大変に優しい乗り物だといえる。実際のところ、歩道と車道の段差を考えると停車時の乗降時には、歩道とバスのフロアの段差はほとんど無いといえるほどになり、ベビーカーや高齢者が押すカーとなどもそのままスムーズに車内に入れる。これは、普通に東京で見かける階段方式バスでは考えられないことだ。

だが、東京都とて黙っているわけではなくて、平成15年中にはノンステップバスの割合を20~25%にする計画があるらしい。ちなみに民営では、東京においては京王バスが一番進んでおり、平成15年度末には保有バスの四分の三がバリアフリーになるそうで大変がんばっている。

人口にせよバス台数にせよ絶対数が相当異なるので、単純に比較するのは気の毒だが、東京を走る大手のバスの中では京王バスが一番バリアフリーが進んでいるのは間違いなく、肝心の都営バスでバリアフリーが充実するのはまだまだ先の話になりそうだ。
Date: 2003年08月25日(月)


[雑記] クレジットカード伝票の処理は?
正直なところ、筆者も今までつい見過ごしがちだったのだが、かなり注目すべき記事をWebサイトで見つけた。

それは、「危険なクレジット・カード伝票,なぜ国内では対策されないのか」 (IT Proの記事) というもので、詳細は記事をお読みいただきたいと思う。

確かに、日本でクレジットカードで支払ったときに受け取るレシートや伝票には、最低でもクレジットカード番号がかかれていることがほとんどだし、昔ながらの手動によるインプリントであれば、カード上にエンボス(浮き彫り)されている内容、つまりクレジットカード番号、有効期限、氏名(通常はローマ字)が記載されてしまう。これを店やカード利用者が安直に廃棄したときの危険性を考えると、クレジットカードが盗まれるのとほぼ同じ影響があるだろう。

これだけの情報があれば、偽造を行う組織・人にとっては偽造カードが直ぐできてしまい、店頭で使えてしまうし、そうでなくても伝票やレシートを拾った人が、通販などで使えてしまうわけだ。カードを紛失したり盗難にあった場合は、カードそのものが無くなるので所有者も遅かれ早かれ気付くはずだが、伝票やレシートだと気付かないことすらあるだろう。特に小額でレシート形式だったりすると、その場で捨てなくても、何かの拍子に財布からひらりとこぼれたりすることもある。

筆者の場合は、クレジットカード伝票をそこいらに捨てることはありえないし、頻繁にインターネットを使って利用記録を照合しているから、不正な利用は数日以内に分かるのは間違いないが、それでも伝票を落とした直後に気付くわけではない。

自分で伝票を捨てた場合は、ある意味では自業自得という感もするけれど、店の管理不行き届きならどうなるか。紛失せずとも伝票控えがそのあたりに放り出してあり、かなりの人の目に触れてしまうとかいったことは十二分にありそうである。記憶の良い人なら、16桁の数字と名前をぱっと見て覚えることも不可能ではあるまい。

記事で指摘しているように、基本的に伝票に全部の情報を表示する必要はない。むしろカード情報の全てをレシートや伝票上に記載することを禁止するように法制度化してもよい。日本のクレジットカード業界の元締めともいえる「日本クレジット・カード協会」は、記事によれば、カード情報を全て印刷しないといった対応には被害が少ないことを理由に及び腰のようで、むしろ偽造対策としてのICカード化のほうが優先だという。詳しい取材内容や貴社のコメントは記事をお読みいただくとして、いかにも日本的な障壁により当面は改善されそうもない。

ではカード所有者自身に何ができるか。クレジットカードを使った伝票やレシートは絶対ゴミ箱に捨てない。家庭内でもゴミ箱には捨てない。必ず焼却、あるいはせめてシュレッダーにかけてから捨てる。そして、カード明細をまめにチェックする。最近はWeb経由でチェックできるカード会社がほとんどなので(それができないようなカードは使わないほうが良いと断言しよう!)、カードを使っても使わなくても週一回はチェックする。それが無理なら月次明細を目を皿にして確認しレシートあるいは伝票と照合する。心当たりのない請求は直ちにカード会社に連絡する。このときの対応はカードにより雲泥の差があるらしいので、カード会社選びも重要だろう。そして、使わないカードは解約することだ。
Date: 2003年08月26日(火)


[雑記] Baked Beans求めて…
オーストラリア(ケアンズ)で食べて、そして、Heinzの缶詰のものを食べて好きになったのが、Baked Beandだ。前にも書いたけれど、トマト風味ソースで豆を煮込んだもので、「こらぁ、こいつの、どこが、Baked なんじゃぁ!責任者出て来い!」といいたくなる代物だ。まあ、大抵の日本人には五目煮豆あたりのほうが美味しく感じるわけで、確かに日本人的感覚でゆくと五目煮豆のほうが美味いと筆者も思う。

筆者の場合は、つい最近までBaked Beansなるものの存在を知らなかったわけで、あるロンドンっ子の英国人からその存在を聞いて知ったわけだ。恐る恐る食べてみると、ふむ、悪くないね、って感じ。さらに食べると、ふむ、なかなかゆけるわい、というわけだ。

自宅で食べたのは、筆者が時々行く広尾のナショナル麻布マーケットで売っているというのを普段の英国人から聞きつけて購入したものだ。他にも売っていないかと、心当たりの輸入食品店や輸入食品コーナーを探してるのだが、今のところナショナル麻布以外では見かけない。ベジマイトですら見つけたのに、何でBaked Beansが売っていないのだ?日本のハインツも扱っていないらしい。

アヲハタからはポーク&ビーンズというのが出ているが、これは似て非なるものであり、味はトマト風味だが、どちらかといえば日本の煮豆に近い感じである。したがって、断じてBaked Beansとは違う…と筆者は思う。

そんなわけで、今日もちょっと早めに会社を出て、表参道の紀ノ国屋インターナショナルへ行ってみたのだが、残念ながら目指すHeinz Baked Beansの缶詰は置いていなかった。チリ・ビーンズならどこにでも売っているのに…。

あきらめて、暗くなった青山通りを表参道から青山一丁目まで歩き始めた。普段、滅多に青山とか表参道などへこない上に、暗くなってから来るのは初めてなので何だかとっても新鮮な感じだ。夕食前であまりにも腹が減ったので、途中のコンビニでKITKAT BIGKAT(バー)を税込み99円也で買ってかじりながら歩くとちょっと異国の雰囲気(笑)。

渋谷からさほど遠くなく店も沢山ある表参道には人が沢山いるが、そこから青山一丁目のほうへ向かうにつれてオフィスが多くなり人も少なくなる。そういえば、商店街から嫌われるのは意外にも銀行だという話を聞いたことがある。なるほど、真昼間の午後3時にシャッターを下ろされては、かきいれどきの集客力にはまるで寄与しないどころか、暗くて寂れた雰囲気にしかならないからだという。さりとて無いと困るので必要悪といったところか。

そんなことを考えながら、あるいは、オークランドのクィーンストリートを思い浮かべながら、Baked Beansが見つからないまま自宅へと向かった。
Date: 2003年08月27日(水)


[雑記] やっぱり日本は米国かぶれ?
このところ、ナショナル麻布マーケット以外で、Heinz Baked Beans(缶)を売っている輸入食品店を探しているのだが、今のところ残念ながら見つかっていない。

いくつかの輸入食品店を見て思ったのだが、日本の場合「輸入食品」といってもそんなにいろいろな国のものがあるわけじゃなくて、かなりの割合はアメリカ製の食品が多いことに気づいた。菓子類や乾物食材・缶詰などのかなりは "Made in USA" なのである。ヨーロッパやオセアニアからの菓子、乾物食材、缶詰などは無くはないけれど、割合としては米国製の前には影が薄い。

このような米国よりの風潮は店頭の輸入食品だけではない。筆者は年齢からして戦前は間接的にしか知らないけれど、戦後の高度成長期からは米国の影響が極めて濃くなったように思う。聞くところでは戦前教えられていたのはイギリス英語であるが、敗戦と共にアメリカの配下になったことでアメリカ英語に変わってしまったようで、今普通に学校で教えているはアメリカ英語だし、多くの英会話学校でもベースはアメリカ英語だ。街にあふれる外国映画のほとんどはハリウッドものが多いし、洋書のペーパーバックはほとんどがアメリカ製の小型のもので、イギリスサイズのものは非常に少ない。

余談になるが、実に間抜けなことに比較的最近気づいたのが、"Z" の読みの英米の違いだ。筆者は学校では、「ズィー」と読むのだと習った。「ゼット」は英語ではないと教わった。だから長年英語では "Z" は「ズィー」以外にはありえないと思っていた。だが、イギリス英語では "Z" を「ズィー」とは普通は読まない。これは「ゼッド」と読む。「ゼット」ではなく「ゼッド」である。日本語の「ゼット」とはまた違う。ドイツ語では「ツェット」なんで、イギリス英語の前半とドイツ語の後半が合体したのが日本式「ゼット」なのか。アルファベットの読みなんてあまりにも基礎的なことすぎるし、単体で "Z" を読むことなど滅多に無かったので気づかなかったのである。

閑話休題。とにかく外国というとアメリカってイメージが街中にはあふれていると感じるのは筆者だけだろうか。確かに、現時点において軍事的にも経済的にも超大国であることにはかわりないし、多民族国家故の苦労は、私たち日本人には計り知れぬものがあろう。だが、どうも、我がままな駄々っ子のような面も多くて、超大国の割には地理的な理由もあって自国全土が外国との戦争において戦場になったことは建国以来まだ無い。だから、9.11テロのときの騒ぎようは異様だとすらいえる。テロは卑劣な行為であることに疑いなく許されざる行いであることは確かだが、欧州各国は比較的冷静だった。それは、単に海の向こうの話だった、というわけではなくて、欧州は過去何度も自国が戦火に巻き込まれて自国全土が戦場になったことも多くあり、その程度では動じないということもあろう。

そうやって自国に戦火がとんでくると大騒ぎするくせに、自らは自国を戦場とせず、豊富な軍事力を海外の弱小国を戦場として使い新兵器の試験場にする。大義名分は毎度いろいろあるけれど、どれをみても説得力が薄いように感じる。結局、各国から金を巻き上げて、世界の警察を気取り、弱小国を戦場にして自国民の兵士を犠牲にして新兵器のテストを行っているだけではないか、とすら思えてくる。

個人的には、別に反米でもなければ親米でもなく中立だ。中立だからこそ良い点も悪い点も見えてくるような気がする。やたら反米というのも今の日本の立場ではありえないし、だからといって、アメリカに媚ばかり売るのはどうかとも思う。せめて、国民一人一人はもっと広く世界に目を向けたほうが良い。そのためには、英語にせよ社会にせよ学校の勉強は不十分だ。学校の勉強なんて所詮は政府に都合の悪いことは教えられないのであるから…。
Date: 2003年08月28日(木)


[雑記] 読書の時間
最近の若者は本を読まなくなったらしい。インターネットで具体的な数字を探してみたが、短時間では、適切なものを探しきれなかったのだが、以前そんな記事を新聞で読んだことがある。

仕事や学習で読まざるを得ない場合を別にすれば、いったいどれくらい本を読むだろう。自分のことを振り返ると、自宅ではインターネットで常時接続をするようになってから、あきらかにPCに向かう時間が増えたし、それゆえ若いころから姿勢が悪い私は肩こり持ちだったのだが、よけいにひどくなった。PCに触る時間が激減する海外旅行の間は肩こりはかなり軽減するから、休暇であるという気楽さも手伝ってだとは思うが、あきらかに相関関係がある。

話がそれてしまった。とにかく、IT業界で働くものの宿命として常に最新情報を求めて自宅でもPCに触る時間が多く、それが故に自宅で本を読むことが少ない。その上、最近はめっきり日本の本を読まなくなった。一人旅をするようになり、英語の重要さをますます身にしみて感じ、英会話のトレーニングは続けているが、それだけでは到底駄目で常に英語環境を自分に与え続けるためにも、好きな作家を見つけてペーパーバックを読んでいる。

筆者の場合の読書時間は、多くのサラリーマン諸氏と同じく通勤車中である。筆者は時差通勤をして朝6時45分前後には自宅を出て、会社には8時過ぎのNHKの朝ドラが始まる前の時刻には着いている。この間の通勤時間のうち、純粋に電車に乗っているのは三路線乗り継ぐので、10分+15分+15分という細切れで、会社最寄り駅から会社までは15分程度かかるが雨の日以外は往復を歩いている。したがって、全部で片道40分のうち、実質的には25~30分、往復でも50分程度であろうか。

この間、周囲を見ていると、朝の電車では席に座っている人の半数以上は居眠りをしている。昔は筆者も居眠りをしていたが、今は座っても朝の通勤時は居眠りはあまりしないことにしている。それは、朝っぱらから電車の中で居眠りをしているのは、いかにも無様でだらしなく見えるからだ。まあ、そうはいっても自分もまれにその仲間入りをしているので、大きなことは言えないが、とにかく筆者の目にはだらしなく映る。

家族で乗っているときならともかく、一人で乗っているときに居眠り癖が付くのはそれなりに危険なこともある。日本はまだまだ昼間の電車は治安は良いが、海外ではそうではない。乗り物の中で、うかつに居眠りをするのは自殺行為でもあるので、寝ないで本でも読んでいるほうが良い。

筆者の偏見ではあるが、ネクタイをしめたビジネスマンが日経とか読んでいるのはいいとしても、少年マンガを読んでいるのはいかがなものかと思う。筆者とてコミックは読むが、電車の通勤時に読むことはしない。なんというか、筆者はそういう連中の表情にいかにも「フヌケ」面を読み取ってしまうからで、逆に自分が「フヌケ」とは思われたくないからだ。バケーションにでかえる車中ならともかく、通勤時はそんなこたぁしないのである。実際、マンガを読む時間は読書の時間には入らない、と筆者は思うし、マンガを読むのは読書ではない。

半年ほど休暇をとって、ニュージーランドに滞在し、日々読書に明け暮れてみたい、と近頃マジにそう思うようになった。それをするには今の日本は忙しすぎる。
Date: 2003年08月29日(金)


[PC] デジタルカメラを選ぶには?(1)
最近、知人がデジタルカメラの購入を検討しているというので、改めて筆者の価値観の基に選び方を考えてみた。あくまで筆者の価値観が基本にあるので、他人様の選択基準とは違っても不思議は無い。良いとか悪いとかいうのは、筆者にとって良い、悪いなのである。

デジタルカメラといっても大きくは高級な一眼タイプとコンパクトタイプに分けられる。一眼タイプは高価だからそう簡単に買い換えられないから、筆者もMINOLTAのDiMAGE 7upを一台持っているだけである。一方、コンパクトデジタルカメラは、OLYMPLUS C-820L, RICOH DC-3Z, SANYO DSC-SX150, SANYO DSC-MZ1と使って今はCANON IXY DIGITAL 200aで大変に気に入っている。

こうした経験から、コンパクトデジタルカメラを選ぶにあたっては、筆者なりの基準が出来上がってきた。

(1) メディアの種類

過去、スマートメディアを使ったが、電子機器の取り扱いは素人ではないのだが、それでもデータの入ったスマートメディアが筆者の取り扱いには不備は無い(妙な力を加えたり接点に触れたりしていない)のに、データ読み書き不能に陥って使えなくなったことが何度かある。これ以来、入れっぱなしの機器ならいいけれど(現にMPMAN MP-F60というMP3プレーヤーにはSanDiskの128MBスマートメディアを差し込んで愛用している)、デジカメのようにしょっちゅう抜き差しするものには、非常に適していないと感じた。それに筆者はデジカメをケーブル接続するような使い方はしないから、なおのことメディアの抜き差しは頻繁だ。

筆者の好みとしては、丈夫さからいうと軽く踏んだくらいでは壊れないコンパクトフラッシュ(CF)が好きである。メディアも手に入りやすいし、大容量化もその大きさゆえに比較的簡単に進んでいて、128MBどまりのスマートメディアとは違う。筆者が現在使用している、MINOLTA DiMAGE 7、CANON IXY DIGITAL 200aはどちらもコンパクトフラッシュ採用機だ。

CFの次の選択しはSDカードだ。SDカードは非常にコンパクトだし、CFほどの頑丈さはないが、スマートメディアほど華奢ではない。携帯電話のJPHONE J-SH51やPDAのPalm m515で愛用している。

他にもxDピクチャカードとかメモリスティックがあるが、前者は知る限りのいてオリンパスと富士写真フィルムが採用、後者はソニ一1社だけが採用している。メディアの購入のしやすさ(日本国内だけを考えているのではない、主要な先進国全部を考えている)で言えば、前者は今のところ問題外、後者は個人的に好きではないので却下(苦笑)。

(2) 電池の種類と駆動時間

デジタルカメラが銀塩カメラとくらべてもっとも不利なのはそのバッテリーであろう。銀塩カメラはなんだかんだいっても電池はかなり長持ちする。一方マイクロプロセッサとメモリ、液晶といった電池食いをふんだんに搭載しているデジタルカメラはとてもじゃないけれどそんなに持たない。

電池の駆動時間は非常に重要だけれど、筆者的には電池の種類も重要だ。MINOLTA DiMAGE 7はもともと電池消費が大きいが、ニッケル水素電池を電源としている。この電池は、さあ、撮るぞ!という撮影会などでは威力を発揮するとは思うのだが、銀塩カメラにフィルムをいつも入れておいていつでも撮れる様にしたいというのにはまるで向いていない。

ニッケル水素電池は自己放電が酷すぎるのである。フル充電後にセットして未使用のまま一週間も放置すると下手すりゃ半減している。そこで充電するということを繰り返すと、継ぎ足し充電となりメモリ効果につながる。それを避けるために、放電→充電ということをしなければならず、撮影READYの状態で置いておき、スナップや思い立ったときふと撮りたいというのは、かなり大変なことになる。

現在のところ、デジタルカメラ用として適していて二次電池で使いやすいというのは価格が少々高くなるがリチウムイオン電池だ。

これに関係するのが充電器で、筆者は旅行をする都合上100~240のユニバーサルタイプの充電器でありなおかつ小型であることが必須条件で、さらにACコード式ではなく、ACに直に差し込むタイプが好ましいと思っている。ACコードが必要だと、220~240V地区ではそれ用の高耐圧の太いコードも必要になるのだ。

(続く)
Date: 2003年08月30日(土)


[PC] デジタルカメラを選ぶには?(2)
(3) タイムラグ

最初のうちは気づかないけれど、気になるととても気になりだすのがタイムラグであろう。すなわち、シャッター半押しでフォーカスと露出が算出固定された時点で、シャッターを押してから実際に撮影するまでの時間だ。

このように書くと意外かもしれないけれど、実は機種によってこれに意外に時間がかかるもの(といっても当然何秒もかかるわけはないが)だ。家族の記念写真とか静止した風景を撮影する場合は何も問題ない。はい、ポーズ、というシチュエーションでは、およそ問題にはなりえない。

だが、動いている乗り物を取りたいとか、子供の一瞬の表情を逃したくないというときには、大変重要な要素になる。なら、連射機能があるだろう、という話はあるが、ゴルフのショットを撮影するならともかく、子供のスナップを撮るのに、連写モードに切り替えて…ってなことをやっている暇はないし、そんなことをしていたらタイムラグなんて話にならないほどの時間がかかることになるから問題外だ。連写機能なんてのは、あらかじめそれを使いたいという状況が明らかであるときに使えるものだ。

(4) ズームは?

ズーム、大変便利な機能であるが、ややもすると安易に使いがちだ。コンパクトカメラ(デジタルカメラを含む)を使う基本は、カメラのズームではなくて、自分が動くことだ。自分が動いてフレームを決めるのが基本。そうはいっても、現実のシチュエーションでは、写真を生業としない筆者のような趣味の人にとっては制約も大きくて、自分が動ける限界がある。それを補うのがズームだ。

ズームより短焦点レンズのほうが一般に安くできるし(コンパクトカメラレベルの話)、レンズの明るさも明るく故障が少ない。問題ないなら短焦点にすべきだが、世の中の流れでそうも行かない。まあ、2~3倍もあれば十分で、電子ズームなどはまったく不要である。

(5) 画素数

多ければ多いほどよさそうに見えるがさにあらず。撮像素子(CCD)の大きさとの関係で、CCDの大きさが同じなら一般には画素数が少ないほうがいろいろな意味で有利である。特にコンパクトデジタルカメラではサイズに限界があり、大きいほどよいけれど、その分高価になる。レンズなどの光学系のできばえも考えると、まあ、コンパクトデジタルカメラでは500万画素なんて普通は必要ない。300万画素もあれば通常は十分だろうし、そのあたりがお買い得商品も多いのではないか。

まあ、他にもいろいろあるけれど、筆者の選択基準はこんなところである。何台か買い替えてようやく個々まで悟ったというところだ。
Date: 2003年08月31日(日)

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