FC2ブログ

あいちゃんの日記帳 2003年04月分

あいちゃんの日記帳

2003年04月の日記


[雑記] フレッシュマンの日
今日は、4月1日。新社会人誕生の日であり、朝の電車の中は、まだスーツがしっくりきていない、ひとめ見て新人君とわかるようなフレッシュマンで一杯...のはずだが、今年の4月1日はこれまでになく、フレッシュマンを見かけることが少なかったように思う。

最近の企業は必ずしも入社式が1日というわけでもないらしく、早いところは3月末に入社式を行っているところだって多い。あるいは、東京都内ではなくて、どこか地方の研修所に3月の下旬から集めて入社式のあと即研修スタートというところだってある。こういう企業が増えたから、1日の朝の都心への電車にフレッシュマンが減ったのか、長引く不況のために採用人数が減ってフレッシュマンそのものが減ったのか、いったいどちらが真実に近いのか定かではない。

日本の企業は今のところまだ優しい企業が多くて、何もわからないフレッシュマンに手取り足取り研修コースを与えて、挙句の果てには仕事以前に社会常識まで懇切丁寧に教えてくれるところまである。いや、逆にいえば、そこまでやらないと使い物にならない連中が増えてきたということでもあろう。仕事の進め方やその会社特有の仕組みややり方などを説明して教えるのは必要な教育だといえるが、社会人の常識のようなものまで果たして懇切丁寧に教える必要があるのか。

なんとなく、親の言われるまま進学校を経由して有名大学へ苦労して入り、入ったとたんに力が抜けて遊び呆けて、気づいたらぎりぎり卒業できた。そんな風な安直な生き方で、厳しい社会生活に慣れるのはかなり大変だと思うし、また、日本の大学は非常に勉強に甘く入るのは大変だけれど出るのは比較的やさしいので、どうしても遊び癖がついてしまうことが多い。欧米人の知人から話を聞くと、彼らはそれは猛勉強をして苦労して大学を卒業したという人も多く、また、ハイスクールの時代から自分の考えをまとめ議論をする訓練も受けているので、物の見方というのが同じ年齢なら彼らのほうが非常にしっかりしている。

このしっかり度とのんびり度の差は、あきらかに表情の差となって現れているように思う。どうにも、特に今のフレッシュマン達の顔には緊張としまりがないようだ。

ともあれ、数少ない?フレッシュマン諸君、日本の未来は頼りないけれど君達にかかっている。ああ、実にたよりない....
Date: 2003年04月01日(火)


[雑記] 仕事の評価
年度末あるいは年度始めというのは、多くの会社においては部下の評価をする季節でもある。評価の仕組みややり方などは、企業により千差万別であるが、大別すると昔ながらの日本式に、上司が一方的に部下の仕事ぶりや成果を評価する方法と、欧米式に部下に目標を立てさせてそれをどの程度達成できたかどうかで評価する方法だ。

前者は、一方的であり、部下がどのような評価を下されたのか、なぜそういう評価になったのかを知ることは少ないだろう。だから、上司が可能な限り公平であろうとする人なら救いがあるが、職場でのイジメの延長のように気に食わない部下をいつまでも低い評価で飼い殺しにするようなケースもありえないではない。

後者は、一見すると自分で目標を約束しそれを達成したかどうか、あるはどの程度上回ったか下回ったかで評価するわけで、透明性が高いように見えるが、大きな罠が潜んでいる。すなわち、A君とB君は同じ年齢で同じ社歴であったとして、彼らが仮に同じ目標をたてて同じように達成したとする。普通に考えれば評価も同じになると思われる。では、その目標についてA君は苦手な分野だったので、人の二倍ほどの努力をしないと達成できなかったのに、一方B君はそれが非常に得意だったので人の半分ほどの努力と時間で達成してしまったとしよう。
こういう場合でも、二人の評価は同じでよいのだろうか。

A君は二倍努力したのだから、努力せずに達成できたB君より評価は高くあるべきだという考え方がある。一方、A君はその資質にかけるところがあったから仕事の効率もわるかったが、B君はその分野に適していたので、B君は半分の工数で達成し、浮いた半分の工数で他の仕事もできたのだから、業績として優れているのはB君だ、という見方もある。そして、さいごにA君とB君は同じ目標で同じ成果を上げたのだから評価も同じでよいという見方だ。

筆者が思うに、三通りのどの方法をえらんでもA君かB君のどちらかに不満が残るであろう。
一番目の方法だと、B君にとってはA君より効率よく仕事をしたのに、A君のほうが評価されるなんて考えられないであろう。二番目だと、A君は一所懸命努力をして目標を達成したのに、その努力は買ってもらえなかったと思うかもしれない。三番目はその両方である。

とにかく、こんなふうに人の評価というのは難しい。特に、一見簡単そうに見える欧米式というのは、中途半端に形だけ真似てしまうと先の例のような感情摩擦の原因になりかねない。これは、日本人に顕著な横並び意識が悪いほうに働いて、自分の能力とそれに対する適切な目標というのは千差万別であることを忘れてしまいがちになるからであろう。
Date: 2003年04月02日(水)


[雑記] 新幹線のぞみ 700系車両
東海道新幹線ののぞみといえば700系車両だ。従来の新幹線よりも座席の前後間隔が広くて足元がゆったりしてる。国際線のビジネスシートとまでは言わないけれど、それなりに広くて快適だ。飛行機のエコノミークラスといえば、足を組むのも気をつけないと前のシートの背中に膝蹴りを入れてしまいかねないくらいだけれど、この700系車両は余裕で足が組める。

この車両が使われるのはのぞみだけではなくて、700系車両で運転されるひかりというのも少ないが存在するので、これはちょっぴり得した気分である。だから、700系車両を使ったひかりは人気が高いらしく、予約も他のひかりより早く埋まるようだ。

日本の電車というのは、過去の新幹線に限らず通勤電車にしても人をつめこむことを当然として作られている気がする。典型的なのが通勤電車のロングシートだ。首都圏の電車の大抵は7人掛けであるが、これが女性の7人だと余裕だけれど、男性だと7人はかなりきつい。女性が4人男性が3人くらいでなんとか、というところだ。

いくら混雑する通勤電車でも他人に肩を押し付けあいながら窮屈な思いをするのは、あまり快適なものではない。それに日本人の体格も良くなっているのに、このあたりは改善がなされる気配がない。それどころか、握り棒を2:3:2の長さの割合とか3:4の割合でいれて、無理やりにでも7人掛けにしようとしているが、これはどうかと思う。

男性が座るか女性が座るかわからないのだから、女性なら7人が座り、男性なら6人という風に自然にそうなるようにすればよいのであり、わざわざそうなるように追い込むこともあるまいと思うのだが....
Date: 2003年04月03日(木)


[雑記] 今日から北海道
東京は桜の花も咲き、暖冬だという気象庁の予報を裏切って最後の最後まで、そして四月に入った今も朝晩は結構冷え込むけれど、ようやく暖かいといえるようになってきたのは事実である。

そんな東京に暮らす筆者であるが、今日からの週末を北海道の某所で過ごすことにした。今は、まだ自宅で出発前でなんと午前四時なのだが、起きたのはさらに三十分前の午前三時半、したがって昨夜寝たのもそれに備えて早くて午後十時過ぎには筆者は床に着いた。

なぜ、そんなに早起きするかというと、理由は簡単、予約したのが早い時間のフライトだからで、一歩間違えれば前泊が必要なくらい早いのである。いつもは起こしてもなかなかおきない我が子もこの未明の時刻からハイテンションなのは、いつぞやのサイパン旅行のときと同じだ。

そういうわけで、今日から三日ほど本日記は休載なのだ。

では、いってきます (^^)/~~
Date: 2003年04月04日(金)


[雑記] 寒さ暑さは慣れか?
筆者は寒いのが大の苦手である。もう、むちゃくちゃ苦手で、東京の寒さですら二月あたりの最も寒い時期には厚手のダウンを着込み、毛皮のマフラーにムートンの手袋が欠かせないわけだが、一方都区内でも酷暑のとある土地に住んでいることもあって、暑いのにはそれなりに強くて、真夏のオアフは涼しく感じるし、「過酷な太陽」を意味するマウイ島のラハイナの真昼間のカンカン照りの暑さは、筆者にとって快適ですらある。

さて、四日から六日まで週末の三日間は函館で過ごしてきたわけだが、気候的には東京の同時期に比べると丁度一ヶ月くらい暦を戻した感じだ。したがって、時は三月上旬で、ふりかえるとまだまだ寒い日が続き朝方はとくに冷え込んだ頃だった。

その頃の筆者はどういう格好をしていたかというと、まだまだ真冬のさなかの前述の格好だったと思う。だが、函館の地元の人はどうかというと、朝晩以外はすっかりと春の装いだった。海風が冷たく肌を刺すというのに、女性は春物の薄いスカートにブラウスに薄いジャケットだったりするのは驚いた。一方内地から来た筆者一行は、皆真冬よりはちょっと軽い目程度の格好、すなわち、筆者であれば下着+シャツ+セーター+ちょっと厚手のパーカーだが、この時期の函館でそういう格好をしているのは、内地からきた観光客だけだ。だから、何も言わずとも、一目見て観光客だとバレバレである。

別に観光客狙いの強盗が出没するような治安のわるいところではないので、観光客だとわかったところで別にどうということはないけれど、なんとなく気恥ずかしい。

そういえば、道産子の友人がやはり内地の人間にくらべると、自分達のほうが薄着であるといっていたっけ。だが、その友人氏、ある年の九月、暑さもピークを過ぎて少し楽になったころに東京へ仕事でやってきて「あつい、あつい」を連発していたっけ。

まあ、暑さとか寒さなんて所詮慣れの世界なのであり、ここまで寒さに弱い筆者であっても、おそらく何年か北国で過ごせば慣れてしまうに違いない。もちろん、凍らずに生き残っていれば....の話だが。
Date: 2003年04月07日(月)


[雑記] はこだてビール
筆者が函館滞在で利用した函館国際ホテルのすぐ近くに、はこだてビールのレストランというかビアホールがある。

はこだてビールは、函館の地ビールで函館山の地下水を使って作っているというビールなのだが、直営のビアホールもあり、筆者家族は滞在中に一度ここで食事をとった。

入って驚いたのだが、ここにはちゃんと「禁煙席」があり、ファミリーレストラン同様に席の種類を尋ねられる。個人的な経験から言うと、ビアホールとか居酒屋という場所は、少なくとも東京都心や都心に近い店においては、「全席喫煙可能」が当たり前の状態となっており、下手すると室内が紫煙で曇っていたりして、嫌煙派である筆者にとってはもう冗談じゃないって感じなのだ。そこまで行かなくても、普通のパブやら居酒屋やらビアホールやらで飲んだり食事をしたりすると、着用していた服が全部煙草臭くなって、全部捨ててしまいたくなる。

だが、はこだてビールは、観光スポットのベイエリアにあり家族連れも多く小さな子供も多いだろうという配慮からだろうか、ちゃんと禁煙席があるのだ。

考えてみれば、酒を飲む人が皆煙草好きというわけではない。最近はとくに男性においては煙草離れが進んでいるらしいので、居酒屋とかビアホールにだって禁煙席があっても全然おかしくは無いのではないか。それどころか、禁煙居酒屋、禁煙ビアホールだってあってもいいと思う。

筆者はコーヒースタンドとしては、スターバックスが好きである。理由は明白で、スターバックスはどの店も店内全面禁煙だからだ。筆者はコーヒーを飲むためにコーヒースタンドに入るのであって、大嫌いな紫煙をあびに行くのではない。同じ理屈で料理やお酒を楽しむためにビアホールやら居酒屋に行くのであって、百害あって一利無しの紫煙の中に身を浸しにゆくわけではない。酒には煙草が欠かせない、なんてのは他人の迷惑を考えない利己主義喫煙者の理屈である。もちろん、喫煙者が全部こういう利己主義ではなくて、そうではないきわめて周囲への配慮に厚い喫煙者も居るのだが、いかんせん喫煙に関しては自分本位の馬鹿が多すぎる。

まあ、とにかく、美味しい地ビールと料理を楽しみたい、でも、紫煙は嫌だという方に、このはこだてビールはお勧めである。
Date: 2003年04月08日(火)


[雑記] 傘くらいちゃんと持てってーの
雨が降るたびに腹が立つのが、人ごみの中で傘の持ち方すらまともにできないアホンダラをときどき見かけることだ。どんな無様な持ち方をしようが勝手だが、他人の洋服や持ち物を平気で濡らしたり、傘の先を前後にブンブンふりまわすような持ち方だけはしてくれるな!といいたい。

電車の中などでは傘は細くたたんで濡れた傘が他人に触れないように十分注意すべきだ。筆者は当然そういうことが無いように気をつけているので、よけいに無神経な奴には腹が立つ。中には自分の服が濡れないように自分から傘を離して持ち、その結果濡れた傘が他人の持ち物や服を汚すのをきにもしない馬鹿がいるのにはあきれてしまう。

もう一つ、傘の持ち方だが、注意するのは傘の先っぽである。止っているときも歩くときも、傘の先が常に自分の足元よりちょっと先にあるくらいにしておくのがよいと思う。常にそうなるようにしていれば、先っぽで他人に怪我をさせたりすることもまず無いからだ。だが、中には、正座している武士が自分の右側に置いた刀をぐわしゃとつかんで立ち上がる時の持ち方で、傘をつかんで、なおかつ勢いよく腕を振るアホウがいるのだ。

当然、手を後に振ったときには、傘の先は思いっきり後に飛び出て、階段などだと後ろにいる人の顔を突き刺しかねない。だが、くだんのアホンダラはそんなこと気にすることもなく、階段を傘をつかんだ手を振りながら上ってゆく。先日などはそのアホンダラは若い女性だったりして、要するにこういう馬鹿に性別は関係ないというのを改めて思い知った次第。

大体、なんでこういう基本的な他人への配慮ができなのか、マナー以前に他人に危害を及ぼす可能性というのをまるで気にしないアホが昔より確実に増えているようにおもう。幼い子供や年寄りが歩いている狭い歩道を、猛烈な速度でその数センチそばを自転車で走り抜ける殺人未遂連中にしてもしかりである。

日本人は、いったい、どうなってしまったのだろう?
Date: 2003年04月09日(水)


[雑記] 初めての定期券
子供が高校進学して電車通学になった。昔と違って最近は小学校から私立校へ行く子供も都市部には少なくないので、今更珍しくは無いわけだけれど、我が子のほうは電車通学はこれが初めてなのである。

自分を振り返ると、初めて電車通学したのはやはり高校生になってからで、初めての定期券を持ったのもこのときであり、何か、こう、大人の仲間入りをしたような気分だった。当時は自動改札なんて無いから、改札掛に定期をサッと見せて通るわけだが、これが切符を渡すのとは違って、えらくスマートで大人っぽい行動に見えてあこがれたものだ。

筆者は自宅最寄駅まで徒歩十数分、そこから私鉄で二駅乗って、そこから徒歩数分程度のところの学校で、電車通学としては比較的近いほうだと思う。我が子も三つ目の駅なので似たようなものであるが、こちらは筆者と違って私立なのでそういう学校を選んだとも言える。だが、こうした比較的近距離通学の高校生ばかりではなくて、中には一時間とか一時間半をかけて「東京の混雑した電車通学」しているという、東京サラリーマン顔負けの高校生もいるし、なかには同様の時間をかけている小学生まで居る始末で、さすがにこれには驚いてしまう。

いずれにせよ、生まれて初めて自分の定期券をもって通学するというのは、ワクワクドキドキするものだ、と思う。少なくとも、筆者の最初の頃はそうだったが、そういうトキメキなんてのはすぐになれてしまうもので、すぐに定期を自動改札に通すことに何の感動も覚えなくなってしまう。

こういう風に何事にもすぐに慣れっこになってしまうのは、感動を失うという意味においては極めてよろしくないことだと思う。他の面では慣れというのは必要であることは疑いも無いのだが、感動するという極めて人間的な心理においては、慣れというのは感動の敵だと思う。年に一度、四月になり学級が上がったり、進学したり、就職したりしたときに、初めて定期券を持ったときの気持ちを思い出したいものである。こういうちょっとした感動を忘れることから、人の心の荒廃が始まるような気がする。
Date: 2003年04月10日(木)


[雑記] 入学式
筆者は、大学以外はずっと公立だったので、入学式はごく普通の体育館でごく普通に行われた。子供も小学校、中学校は公立だったので、これまたあたりまえの体育館で、別段めずらしくないスタイルで行われ、今年の卒業式などは体育館の中でえらく寒い思いをした。

だが、私立学校になると、金がかかっているだけあってやはり設備が違う。先日子供の高校の入学式があったのだが、式は大変に立派なホールで行われた。もちろん体育館は別に二つほどあるわけで、他にも小さなホールが一つあったりして、筆者の某公立高校のしょぼくて古ぼけた設備に比べたら雲泥の差、天地の差である。

こういうのは近年の私立高校出身の方から見たら、別に不思議なことではないとは思うのだが、おんぼろ公立高校出身者にとっては驚異ですらある。中には、トイレがまるでホテルのトイレのように綺麗で立派というところもあるようで、いや、すごいらしい。

器ばかりよくても中身がついてこないという可能性は否定できないが、それが顕著になるといろいろなところに影響に出てくるから、生徒や親も馬鹿じゃないので、そういうところにはは集まらなくなるし、少子化が進み学校生存競争が顕著になるのでますます中身のともなわない学校は経営が苦しくなるであろう。

それはともかくとして、そういうわけで子供の高校の入学式は、寒い思いやお尻が痛くなる想いをせずに、実に快適に行えた。式の後は、親はそのままホールで説明の後、子供達の教室につれてゆかれ、授業参観状態になって教室の中で担任の話を聞くというスタイル。入学式の経験なんてそうそうあるわけではないけれど、親が入学式の日に子供の教室まで行くというのは、ちょっと珍しいかもしれない。

今まで選ぶ余地の無い公立小学校、公立中学と通った子供だったが、選んだ高校は親である筆者も大変に気に入ったところでもある。筆者自身が驚いたことには、子供の学校であっても親が気に入った学校であれば、親自身がその学校へ感心を持つことができ学校行事に参加しようといった気持ちになることだ。さらに、大学もある学校なので、子供達もある条件のもとで大学の授業を聴講できたり、親も割安の費用を払って市民講座のような感じで参加できるものもあるらしいので、ちょっと楽しみである。
Date: 2003年04月11日(金)


[雑記] クラシックコンサート
久しぶりにクラシックのコンサートに行ってきた。といっても、世界的に有名なオーケストラというわけではある、とあるアマチュア交響楽団の定期演奏会である。この楽団の定期演奏会は、三年ほど前から毎回というわけではないけれど、招待を頂いて聞かせていただいている。

招待では二名まで入場できるので、今回は私と子供が聞かせていただいた。私と子供という組み合わせでこの定期演奏会へ行くのは二度目だが、どういうわけか二度とも雨のは、いったいどういうわけか。

自宅から会場付近までは公共交通機関を使って三十分ほどなので、18時半スタートの演奏会にあわせるため、早めに家を出て現地近くの蕎麦屋で夕食をとった。我が家がこの演奏会に行くときの定番夕食が、会場にほど近い蕎麦屋の蕎麦である。取り立てて美味いということもなく、まあ、当たり前の蕎麦屋だけれど、演奏会の招待状やらパンフレットを持っている人を毎回見かけるので、考えることは同じというわけだ。

コンサートというと、一流の演奏家で高価なチケット代を払って楽しむ...ものとは限らない。JPOPの歌手など、チケット案内をみると、こんな下手糞な歌手ともいえない歌手もどきのコンサートにえらい高いチケット代をよくもまあ払うものだわ、というのもあれば、アマチュア交響楽団でもなかなか聞かせてくれるものもある。高い金を払って、美味い演奏家の演奏を楽しむのは、高い金を出して美味いものを食べるのと同じで、ある意味では当たり前の話だが、格安のチケット代もしくは招待で、そこそこ聞かせてくれるアマチュア演奏家達の演奏を楽しむのも悪いものではない。普段着で気楽に楽しめるクラシックコンサートと感じもするし、アマチュアであるが故に金銭勘定抜きで、好きだから続いている、好きだから一所懸命にやる、という点においては素晴らしい熱意の篭った演奏だ。

ところで、いつも不思議に思うのだが、オーケストラのフルート奏者に女性が多いのはどうしてだろう。フルートという楽器が重さや大きさ、必要な肺活量という点、そして繊細さということで女性向きの楽器なのかもしれないが、フルートのソロに近いようなパートで、ステージ照明にフルートの金色がきらりとひかるフルートを操るのは、長い黒髪で端麗な美女であることが多い。まあ、でかくてひげもじゃらの男性に似合う楽器ではないかもしれないが...。

ともあれ、久々にクラシックをたのしめたひと時だった。
Date: 2003年04月12日(土)


[PC] シンプルなテキスト入力機
筆者はこれまで海外旅行のお供として、ノートPCを欠かさず持参していた。仕事で行くなら理解できるけれど、バケーションで行くのにもノートPCを持参するというのは、普通の人から見ればかなりマニアックで、ヲタッキーなことであったろう。当然、通信用の道具一式ももって行く訳なのだが、いくらノートPCといえども、一式持つと結構な重量になる。特に、本体はスーツケースに入れるわけにはゆかないので、手回り品として持ち歩くことになり、一層重量感を増す。

筆者がノートパソコンをもって行く最大の理由は、メールのアクセス...ではなく、このような雑文を書いたり旅行記を感動が消えないうちに書き留めておきたいからだ。

考えてみれば、Webを見るわけでもなく、メールを急いで見るわけでもないのに、高価で重いノートPCを持ち歩くのはオーバースペックであり、かなりナンセンスである。

今、この文章はPalm m515とPalm Portable Keyboardで書いているのだが、 これがちょっと曲者である。というのも、どのアプリケーションを使っても、ある程度の長さになると、日本語入力が遅くなりキー操作に後からついてくるようになる。アルファベット入力だとそんなことはないので、これは日本語Palm OSの現状での限界というところだろうが、ちょっとストレスフルである。

そこで、目をつけたのが引き出しに眠っていたHP200LXである。ところが、長年触っていなかったので、メモリのバックアップ電池は空になり、もう一度環境を復活させるには、筆者の記憶もきれいに消去されてしまっていたり、シェアウェアの登録コードもわからなくなっていたりして、「ああ、こりゃダメだ」状態。そもそも、日本語テキストを扱えるようにするのに、めちゃくちゃ手間がかかったり、オーナーでさえしばらく使わないとかなり復活が困難だというのは、どうにも使えない。

世間の現行製品を見渡すと、そこそこ許せる価格でハードディスクレスで、長時間使用可能でフルキーボードタイプというのがほとんど無いのである。いくらノートPCで1kgを切るものがあるからといっても、それでは過剰スペックで、重すぎて大きすぎるのである。GUIなどなくてよいので、日本語ネイティブでシンプルなテキスト入力マシンというのはないものだろうか?
Date: 2003年04月13日(日)


[PC] HP200LX復活
テキスト入力に主眼を置いたアルカリ電池駆動の軽量かつ、使いやすいフルキーボード機がないかしらん?というのが昨日の話だった。

実際問題、国内外の旅先においてメールやWebのアクセスをしないのであれば、そして筆者のように文章入力ができるのがメインであり、PIM(アドレスや予定表などの個人情報マネジメント)機能も不要という、なんとも原始的なニーズなので、どこにでも転がっていそうな気がするのだが、実は現状の機器がハイテクになりすぎてこういう原始的なものは存在しなくなってしまった。

筆者の場合、PIM機能はPalm m515が今のところベストパートナーになっており、テキスト長文入力意外は何ら問題は無い。テキスト長文入力でも英文であれば、Palm Portable Keyboardを使えばDOC形式ではあるが何らストレスなく使える。だが、日本語になるとATOKを使おうが使うまいがある程度の長さ(1KBくらいか)になると、Palm側の反応がだんだん遅くなってくる。キー入力は先受けしてくれているので、キー入力の後から変換がついてくる感じになる。

単純に、使い慣れたテキストエディタとそこそこの日本語変換エンジン(ATOKあたり)があり、アルカリ電池で長時間駆動でき、フルキーボードがあって軽量小型で300gくらいで、モノクロ液晶で、HDDは無くフラッシュメモリ利用で、フラッシュ(CFがベター)にはFATあるいはFAT32形式でファイルはSJISで記録されれば、それで本体OSが何であろうと問題は無い。これらにはフレキシビリティは不要で、電池を入れればすぐに普通に文章入力ができればよい。

なんで、こういうシンプルなマシンがないのか。ライター諸氏などだとこれがあれば重いパソコンを取材先に持ち歩く必要がなくなると思うのだが。こういうプロライター諸氏には、原稿を送ったりするために、メール機能くらいは必要かもしれないが、これは外付けアタッチメントとかでも良いだろう。

無いものねだりをしても仕方ないので、とりあえず筆者手持ちのHP200LXの復活を試みた。ハードウェア的には全く問題がないので、筆者自身の感と記憶が戻ればOKだ。昨日の午後いじくっているうちに段々感が戻ってきた。詳細は忘却の彼方というところもあるが、マニュアルもあるし、当時の書籍も本棚にある。

どうやら、今度の「おじさんニュージーランド一人旅PART2」の文章書きマシンはHP200LXが使えそうだ。これが使えたら重いLibretto L2を持たなくて済むのは多いにありがたい。
Date: 2003年04月14日(月)


[雑記] 花粉症とクラシックコンサート
花粉症持ちの人間が、シーズン真っ只中にクラシックコンサートへ行くというのはかなり大胆な行動である。

筆者も三年ほど前から花粉症持ちの仲間入りした。筆者の場合、杉花粉が主なアレルゲンのようで症状のピークは三月だ。先日、子供と中野区民交響楽団というアマチュア交響楽団のクラシックコンサートへ行ったのだが、時期的にはピークも過ぎて症状は大幅に改善したころだった。

それでも、ときどき鼻がつまったりクシャミが出たり鼻水が出たりすることもあるので、そういう意味ではこのコンサートへ行くのもちょっと冒険であった。結論からいうと、幸いにも演奏中にクシャミが出たり鼻をすすったりすることもなかったのは幸いであったが、ときどき鼻水が流れてくることもあったのは事実で、タオルハンカチで鼻の穴付近を押さえていたこともしばしばだった。

筆者自身も含めて鼻をすするというのは、日本人が当たり前のようにやっていることで普段は他人も気にしない悪習であるが、欧米の人からみれば「人前で鼻をズビズビすすリ続けるのは重大なマナー違反であり、そんなことをするくらいなら、大きな音をたてて鼻をきちんとかんだほうが相当マシである」ようだ。実際知人のカナダ人に聞いても同じこと言っていたし、彼と一緒にいるときも彼は鼻ズビはやらなかったが、大きな音をたてて鼻をかんでいたことはあった。

鼻ズビにせよ鼻をかむにせよ、クラシックコンサートの演奏最中にそういう下品で大きな音を立てるのは、これはやはりかなりヒンシュクものであることは間違いない。ピアニシモの静寂に近い微妙なバイオリンのトレモロがかすかに響くところに、「ずび、ずび」「ちーん」という音は相当巨大な音に聞こえる。小さな咳払い一つするにも十二分に気がひけるくらいのところへもって、鼻をかんだり鼻をすすったりは、やはりやるべき行為ではあるまい。

だが、そうなると、東京近郊では杉花粉がピークの三月には花粉症持ちはクラシックコンサートに行けないことになってしまう。なんとも悲しいことであるが、雰囲気を鼻ズビでぶちこわしてヒンシュクを買わないためには、それは諦めて見送るしかないのは残念だ。
Date: 2003年04月15日(火)


[雑記] カバンが重い
カバンが重い!といっても筆者の通勤カバンではない。この春から高校に通い始めた子供のカバンである。

教科書を買いに行ったときのこと、書店が学校に出張してきて臨時に教科書と副読本一式を販売しているのだが、差し出された新入生用の一式をみて驚いた。教科書は、まあ、想像がつく厚さと量なのでいいとして、その二倍以上のトータルの厚さと重さになる副読本の多さである。

問題集の類はもとより、世界史、日本史、化学、生物などには非常に紙質のよいカラー印刷の資料集の類があり、家庭科の教科書や資料はこれまた同様に美しいが分厚くて重い。これを自宅に持ち帰るのはかなり骨の折れる仕事であった。

そして、新学期が始まりいよいよ最初の授業が始まった。最初の授業での各教科の先生の指示は「一式持ってくるように」というものだ。世界史の先生にとって一式は分厚い教科書とカラフルで美しいけれど分厚くて重い資料集だけかもしれないが、これを全教科の先生が言うから、たまったものではない。

筆者の高校には個人ロッカーなんて洒落たものは無かったけれど、子供の学校には鍵がかかるロッカー(鍵は各自で用意する)があり、普段家に持ち帰る必要がないものは、そこに放り込んでおけばよい。資料集など家でも見るかもしれないものは、もう一冊家用に買えばよいのである。辞書も英語は指定辞書なので、学校のロッカーに放り込んで置き、家に同じものをもう一冊用意すればよい。家庭科なんぞは基本的に入れっぱなしでOK。国語も現代国語については、普段家で教科書ベースの勉強をすることはないだろうから、放り込んでおけばよい。

まあ、こうあってあれこれ策を練ると普段はそれなりに荷物を減らすことができるのだが、いかんせん初回だけはどうにもならない。実際問題、今日子供がカバンを持って出たあとの、教科書・副読本を入れていた書棚の部分はほとんど空になっていた。つまり、筆者が紙袋でひーひー言いながら持ち帰った量のかなりの割合を子供が持っていったことになる。筆者も二つに分けて入れたそのカバンを持ったが、これはもう相当重い。こんなものを毎日持つのは、成長期の子供の体に良いはずがない。

その上、子供は小学生時代はランドセル、中学はリュックで通したものだから、高校になり指定カバンが手提げになったから、なおのこと重さがずしりと響くので、なれるまでは毎日筋肉痛必須であろう。

以前、サイパンに行ったとき、地元の人に学校の話を聞く機会があったが、教科書は貸与であり家には持ちかえらないそうだ。そして綺麗につかうように指導するとのこと。実際問題、教科書なんてそれでよいのではないかしらん。どうしても家でも使いたい生徒は、個人負担で買えばよいのである。重いものを毎日持ち歩くなんてナンセンス以外の何者でもないと思う。そういう意味では、まだまだシステムに改善の余地があるのが日本の教育かもしれない。
Date: 2003年04月16日(水)


[雑記] ドラマでも手洗いとウガイの習慣を!
SARSが香港、中国広東省を中心に感染がコントロールできないで拡大しているようで、交流の多い日本も他人事ではない。素人的に考えてみると、日本でもとっくに被害が拡大していてもいいような気がするのだが、幸いにもいまのところ確定診断例は出ていないようだ。

SARSに限らず、ごく一般的な衛生面の注意点として、「うがい」と「手洗い」が言われる。これは、どの医師であっても基本的に励行すべき事項としてあげている、基本中の基本であろう。実際問題、私たちの多くは小さい頃から、母親などから「外から帰ったら、うがいと手洗いをしなさい!」としつこく注意されて育てられ、洗い方がいい加減だとやりなおしを命ぜられたりした記憶のある人も多かろう。

SARSが今のところ日本でコントロールできているように見える大きな要因の一つには、日本人の清潔好きなところがあるのだという話も聞く。すなわち、外出から戻ったときに石鹸で手を洗いうがいをする、このことでかなり感染が防げているのではないだろうかという推定だ。これがSARSに関して正しいかどうかを筆者に断定できる根拠はないのだが、経験的には風邪の予防に絶大な効果があることから、やはり、同様に効果があるのではないかと推定できる。

筆者は昔はうがいや手洗いをついいい加減にお茶を濁しがちであり、そのころは例に漏れず年に一度くらいは風邪をひいて熱をだしたりしていた。だが、数年前から、外出から家に戻ったら、うがい薬でうがいをし、石鹸で丁寧に手を洗い、石鹸で顔をあらうことを励行し、朝の通勤のあとオフィスについたときにも、うがい(ここは普通の水でのうがい)をし、石鹸で丁寧に手を洗い、水で顔をあらうようにした。日に何度かオフィスでトイレに行ったときにも、石鹸で手を洗い、水でさっと顔をあらい、水でうがいをするようにした。

その結果どうなったかというと、これらのことをきっちり始めるようにしてから、ぴたりと風邪をひかなくなった。もちろん熱を出して寝込むなんてのも皆無になったのである。だから、うがい・洗顔・手洗いは基本的なことではあるけれど、かなり効果の高い予防策だと思っているので、SARSに対してもうがいや手洗いの習慣が何らかの予防効果が出ているかもしれないことは想像に難くない。

程度の差こそあれ幼いころからの躾のおかげで、ある程度こうした習慣ができあがっているはずなのに、それがぜんぜん反映されていないところがある。それはテレビドラマである。外から帰ってきた洋服のままで、手も洗わずうがいもせずいきなりテーブルについてご飯を食べ始めるシーンがいかに多いことか!それとは反対の例は非常に記憶に薄くて、最近では「グッドラック」で健康に最大限の注意を払わねばならない航空機のパイロット役のキムタクは、外から自宅マンションに帰ってきたシーンでちゃんと手を洗うシーンがあったが、これが普通だと思う。

ドラマで、いちいち、手洗いシーンを出す必要はないけれど、外から帰ってきてそのままの服装で着替えもせず手も洗わず食卓に向かうようなシーンは、子供の躾の上からも好ましいことではないので、絶対に止めていただきたいと思う。入れるなら、それに対してお母さんが叱り付けるようなフォローを入れていただきたいものだ。

テレビドラマ関係者に一考を願いたい。
Date: 2003年04月17日(木)


[Palm] Agendus Ver.6
PalmはPDAだから、当然のごとく予定表やToDo、あるいはアドレス帳などの機能があるのは当たり前だ。だが、使い勝手がよいかというと、そこは疑問であり、シンプルなだけになかなか思うことができないとか、予定表とToDoが同時に見えないから、ToDoを見逃していたなんて事態も起こり得る。

そうしたことをカバーするため...なのかどうかは知らないけれど、サードパーティからいわゆる「置き換えアプリ」としていくつかでている。筆者が愛用しているのは iambic社のAgendus (旧名称 Action Names) というものだ。

このAgendusの優れている点は、機能はこれらの三つのPIM機能が融合しているのだが、使っているデータベースのファイルや形式はPalmOSオリジナルのものと同じなので、Agendusで入れた情報であっても、Palm Desktopで閲覧や修正が可能だし、Palm Desktopで入力した場合でもHotSync一発でAgendusで編集や閲覧ができる。当然、Palmオリジナルの予定表などでも閲覧や修正が可能だという点だ。

いくら機能が高度で使いやすくても、データベース(ファイル)の形式が既存のPalmオリジナルと互換性がなくなることで不都合なことが沢山出てくる。極端な話をすれば、独自ファイル形式をつかう置き換えアプリが何らかの事情で使えなくなったら、既存のデータも使えなくなるという危険をはらんでいるわけだ。

この手のPIMソフトは個人の好みが非常に大きいので、他人の評価がそのまま自分の評価と一致するわけはないのだが、筆者はこのAgendusが大いに気に入っている。もう、これのおかげで、アドレスやらToDoやら予定表を渡り歩かなくて済むようになったし、カラー対応の宮牛画面は大変ありがたい。

PalmのオリジナルのPIM機能に不満をお持ちであれば、このAgendusは試してみる価値が多いにあると思う。そういう方は一度お試しあれ。下記のリンクからトライアル版を入手することが可能だ。

iambic社 Agendus
Date: 2003年04月18日(金)


[雑記] 参考書はおまじない?
進級、進学の四月も後半になると、大手書店の参考書売場には、参考書を求める中高生が目立つようになる。中にはごっそりと各教科ものを求めている高校生がいるけれど、あれは本当に必要なのかちょっと疑問である。

もちろん他人のことだから、誰が何を何冊買い求めようが勝手なのは間違いないし、たとえそれがおまじないにすぎなくても、買っただけで精神的なやすらぎが得られるのであれば、それも一興であろう。なによりデフレスパイラルの経済状況下で盛大に買い物していただけるのはありがたいと言える。

さて、筆者の高校生時代と今とは事情が違うとは思うが、参考書が不可欠だったのは筆者の経験では数学である。数学の参考書はそれを頭からこなしていったのではなく、解法がわからないときに、類題を探して参考にするのに使っていた。高校数学の参考書といえば、筆者に言わせれば一も二もなく数研出版のチャート式である。

今のチャート式は難易度にあわせて、赤チャート、青チャート、黄チャート、白チャートと種類がある。みてみると、例にあがっている問題の難易度や、解答説明が簡単なことでも丁寧に説明してあるか、より高度な説明に焦点をあてているか、の差のようだ。チャート式の数学は解法の説明が丁寧なのがなかなか良い。

数学以外の参考書になると、今の四月中旬という時点での必要性はかなり疑問だ。生物、化学、地学、物理については、図説系のもののほうが理解を助けるには有用だし、それ以外になると受験準備あるいは定期試験対策としての解説の詳しい問題集がよかろう。私立高校だと図説系の副読本は教科書と同時に購入とかが多いはずだ。

有名どころであるが、個人的に疑問なのが英文法関係の参考書。受験対策として息が長く有名なのは、ロイヤル英文法、というのがある。文法というのは正しい英語を話し、理解するために不可欠であることに疑いはない。だが、ともすると日本の高校時代の学習では受験対策と称して特に学校外の予備校系では「関係代名詞」とか「否定疑問文」だとかいった英語の文法なのに日本語の用語から文法を覚えるのに苦労したり、日本語を通じて英語の文法を理解するのに努力することになり、これはちょっとどうかと思う。日本語だけで成長した日本人が、英文法の理解をするのには日本語の助けが必要だというのはおそらく間違いないけれど、あくまで「助け」であるのを忘れるべきではない。日本語で延々解説していある本を読むより、英語の文章を精読することに時間を費やして、自然に文法を学ぶようにしたほうが遥かに後々のために実用的な力がつくであろう。

ともあれ、我が子もそうだけれど、参考書で最初からあったほうがよいのは数学だけだと思う。我が家の場合、英語については幸い筆者がある程度わかるので当面は辞書があればよい。焦って当座は数学以外を買う必要はないといえる。
Date: 2003年04月19日(土)


[雑記] お父さんもお弁当!
我が子の場合、小学校と中学校では給食があったが、高校に進学して給食がなくなったため弁当になった。学校には朝予約しておけば昼に買える弁当や食堂もあるが、栄養面や出費、そして学校側の要望(新入生は慣れるまでは弁当を!という学校側の親へのお願い)もあり、妻が頑張って毎日作っている。

弁当を一人分つくるのと十人分つくるのではずいぶん手間が違うだろうが、一人分つくるのと二人分つくるのとではほとんど差が無いだろう、ということで筆者も妻に頼んで弁当を持つことにした。

中年と呼ばれる年齢になり、健康診断で検査数値が気になる(ボーダーラインを突破してはいないけれど、傾向的に気になる数字とかあったりするわけだ)ようになってきた。中性脂肪に関しては、毎食後の葉で入れたウーロン茶の飲用が劇的に効果があり、半年も続けたら血液検査の中性脂肪の値は激減した。ちなみに、会社でウーロン茶を葉で入れるには、現在筆者はブルックス・コーヒーマーケットで、一つ2gのティーバッグが50個入って特価500円というものを愛用している。ウーロン茶のティーバッグはスーパーの店頭などだと、急須とかポット用の大きなものしかなくて、会社でマグカップで一杯だけ飲むにはきわめて不適であるが、上記は2gという一杯用なのでちょうど良いのである。

弁当に話を戻すと、市販のホカ弁の類はとにかくカロリーが高すぎるし、油ものが多すぎるわりに野菜のおかずが非常に少ない。下手するとご飯にとんかつが乗っただけに近いようなものもあったりして、これはもう「中年にとって食べてはいけない弁当」の筆頭のような存在ばかりになる。コンビニやホカ弁の昼食で健康的に栄養バランスを考えようとすると、これはほとんど無理ということになる。典型的なのは脂肪や塩分の取り過ぎと野菜の不足だ。取り過ぎを防ぐために、朝と夜は徹底的にあっさりした脂肪の少ないもので、なおかつ野菜を中心とした料理にすることになり、それはそれでなかなか難しい。

栄養バランスは一日とか一週間の単位でバランスが取れていれば良いというが、食習慣や生活スタイルの問題でなかなか難しいと思う。ほんとうにバランスよく取ろうと思えば、一回一回の食事に注意を払うしかないのではないか。そういう意味では、愛妻弁当というのは非常にすばらしい存在だと思う。

子供の分と一緒に作ってくれるとはいえ、妻に感謝!である。
Date: 2003年04月20日(日)


[雑記] 歳を感じるのは....
土曜日まで暑かったと思ったら、日曜の雨とともに気温が下がりだし、今日は涼しいのを通り越して寒い。一年の中で春、夏、秋、冬と時間を掛けて序所に移り変わってゆくのは、趣があって非常に美しいと思うが、それが一日単位で気温差が大きく開くと体はついてゆかない。

一昨年筆者はニュージョーランドのクィーンズタウン、オークランドに滞在したことがあるが、これらの年は一日の中に季節があると言われるらしい。つまり、一日の中の夜と日中の気温差が大きいことを意味する。また、昨年七月にオーストラリアのケアンズに滞在したが、ここは常夏ではあるがやはり日夜の気温差が大きい。

一日の気温差が大きい都市に短期であるが滞在した僅かの経験ではあるが、日夜のこれらの都市の程度の差であれば、着る物で調節することで快適さは保てる。そもそも、古来夜は寒くてあるいは涼しくて、昼は暑くてあるいは暖かいことになっているので、一日の気温差は衣類にさえ注意すれば問題ないのである。

だが、日ごとの気温差が大きいというのは、極めて不自然であるから、体がついてゆかずに風邪をひいたり体調を崩したりすることが多い。こういう不安定な気候は季節の変わり目に多いようで、とりわけ春先に多い。これまでの冬の厚着から春夏の薄着に切り替わることとあわせて、ますます体にこたえるわけだ。

さらに、若いうちは若さに甘えてもなんとかなるけれど、筆者のように中年になるとなかなかそうもゆかなくなる。一旦風邪をひいたりすると治りも遅いので、なおやっかいである。学生時代は風邪で38度前後の熱を出しても、一晩寝ればすっきりして翌朝はピンピンしていたものだが、今は38度の熱など出そうものなら、おそらくニ~三日は復活できない。こういうときに、ああ、俺を歳をとったのだと思う。

もう一つ、もっと顕著なのが眼の老化だ。目の老化なんてのは若いうちから始まっているのだそうだ。視力が悪くない人や遠視の人ほどその老化に気づくのが早く、近視の人は単に気づきが遅いだけなのだそうで、別に近視の人が老眼になったら丁度良くなって視力が回復するわけではない。

まあ、筆者の場合は、いくら精神年齢は三十台前半だと思い込んでいても、こんなところで肉体年齢を感じるのは否定できない。風邪はうがいと手洗いと洗顔でかなり予防できるし、インフルエンザもシーズン前に予防注射を欠かさないようにしているけれど、老眼だけは自身では予防しようがない。照度の低いところで小さな文字がこんなにも見難いとは....。ああ、歳はとりたくないものだ。
Date: 2003年04月21日(月)


[雑記] ハリーポッター二作目のDVD
この25日は "Harry Potter and the Camber of Secrets" (ハリーポッターと秘密の部屋)のDVD発売日だ。一作目のときはAmazon.co.jpで予約したりしたが、冷静に考えると発売日に長蛇の列ができて予約がないと入手困難なんて代物じゃぁないので、予約する必要は無くてそれよりは、発売日以降に割引率の高い店、あるいはポイント付加率の高いところで買ったほうがお得ではある。

ハリーポッターシリーズは、原作は現在世に出ている四作目まで全部英語版で読んだし、再来月発売のハードカバーの五作目 "Harry Potter and the Order of the Phoenix" は、Amazon.co.jpで予約済みだ。これは出たら一時も早く手にとって見たいし、読みたいから...である。

ハリーポッターシリーズは、英語版原作も非常に平易に書かれており、おそらく高校生も後半であれば読めるのではないだろうか。これのJIM DALE氏による朗読版の一部を聞いたことがあるが、これまた聞き取りやすい素晴らしいものだった。映画のほうはというと、映像があることも手伝って、日本語字幕無くとも十分に近く理解できるもので、これは英語(米語にあらず)のリスニングトレーニングには、朗読版ともども非常に手ごろな教材だと感じた。

世にリスニング教材は数多あるけれど、そもそも内容に興味を持てないものに対して熱をこめて一所懸命勉強できるわけがない。興味を持てる教材で自分にとって手ごろなレベルのものというのは、なかなかめぐりあえないわけだが、そういう意味ではこのシリーズは実に手ごろ(やや易しい?)であり、何より楽しいから、つい引き込まれてしまう。読んでいても、聞いていても、見ていても引き込まれる。

そういうわけで、いや、理屈抜きでこの映画が好きなので、二作目のDVDも買おうと思う。
Date: 2003年04月22日(火)


[雑記] 健康増進法
健康増進法なんて書くと、足裏健康法とか、なんちゃら健康法というものの総称かしらんと思ったりするが、ここでは法律のほうの健康増進法のことだ。そんなもの、いったいいつ出来たのだと思ったのは筆者だけではあるまい。

調べてみると、昨年(2002年)7月26日、第154回通常国会にて成立し、昨年(2002年)9月2日に公布され、今年(2003年)5月1日から施行されるというものだそうだ。条文をみると、その「第五章 特定給食施設等」に興味深いことがかかれている。

それは「第二節 受動喫煙の防止」というもので、条文そのものは次のようなものである。

--------------------
第二十五条 学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない。
--------------------

全面禁煙とは書かれていないが、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずるように務めなければならない、ということで、これを受けて鉄道会社(の一部)は、これまで一部に設けてあった喫煙コーナーを廃止し、24時間全駅全面禁煙にするところが出てきた。

嫌煙派の筆者にとっては大歓迎といいたいところだが、日本の悪いところは「法律さえ作ればそれで終わり!」という風潮が多分にあって、特に罰則規定の無い法律で、さらに「務めなければならない」という逃げ道のある表現を使われた日には、どの程度これが遵守され、非喫煙者に受動喫煙による健康への害を防ぐことができるのか、甚だ怪しいといえるが、行政や政治家にしてみれば、法律があるのだからそれを守らないほうが悪い、と逃げに走ることは明白だ。

駅に関して言えば、今だって喫煙コーナー以外の場所でもホームやホーム下の線路際には吸殻が山ほど落ちているのが良い証拠だ。この法律では施設管理者に受動喫煙を防ぐ措置を講ずることをうたっているが、同時に、この法律が適用される場所において、施設管理者が指示する喫煙制限を守らなかったときには、実刑を含む喫煙者に対して非常に強い罰則を果たすべきである。実刑といっても刑務所に入って頂いても仕方ないので、公共の場の清掃活動などに丸一日とか従事していただくわけである。罰金など取るよりよほど街が綺麗になること間違いない。

防衛問題の法律議論にしても、肝心の国民の生命と資産の安全確保がおろそかになっていたりと、どうにもこうにも片手落ちなところが多い国だ。
Date: 2003年04月23日(水)


[PocketPC] GENIO
筆者が現在使っているのはPalm m515であるが、ずっとPalm一筋というわけはない。順番から言うと、
  CASIO CASSIOPEIA A-60 (フルキーボードタイプ)
  CASIO CASSIOPEIA E-55 (Palmsize PC)
  IBM WorkPad
  HP Jornada 680
  Visor Platinum
  Visor Prism
  Palm m515
と、PalmOSを使ったりWindowsCEを使ったりしているわけで、まあ、どちらかに入れ込んでいるなんてことは、PDAに関する限りはありえない。

PIMの機能としては、圧倒的にWindowsCEというかOutlookのほうが高機能なわけで、文句無く軍配はWindowsCEにあがる。もちろん、そうした高機能を必要とする人にとってのみ価値があるわけではあるが。

一方、セキュリティの面を考えると、PC側(母艦側)でOutlookを使うというのはかなり危険なことであるといえる。ウィルスの中にはOutlookあるいはOutlook Expressのアドレス帳からメールアドレスを取得してきて、そのアドレス宛てに、同じくOutlookやOutlook Expressの発信人のアドレスを名乗ってウィルスを送りつける悪質なものも少なくない。実際問題、世界中でメールソフトとPIMにOutlook ExpressやOutlookを使う人がゼロであれば、これほどにウィルスが一挙に広がることはあるまい。

Palm m515にPalm Portable Keyboardをつけると、テキスト入力楽勝なのだが、テキストがある程度の量になると日本語入力の場合は段々遅くなってくるという難点がある。その点、最近のPocketPCは高速なので、店頭でUSBフルキーをつけたものでバシバシとタイプしても全くストレスを感じない。

HP(元COMPAQ)のiPAQ H3950などだと純正のポータブルキーボードがあるのだが、最近の売れ筋PocketPCの東芝GENIOにはそれがない。USBキーボードはつくのだが、それをつけるにはUSBクレードルを使うか、USBホストケーブルが必要になる。USBクレードルはキーボードを使うには本体が丁度見やすくなるのだが旅行などに、嵩張るクレードルは論外だ。一方干すとケーブルだけでは、本体が見やすく立たないのでこれまた不便だ。

それにGENIOも機種によっては相当高い。大体、たかがPDAに何故七万円以上も支払うのか、その理屈がとても理解できない。筆者自身はPDAで音楽を聴こうとは全く思わないし、写真をとろうとも思わない。どう考えても、音楽を聴くならMDのほうが音質も良いしバッテリーも長持ちする。写真にしても専用機のほうが使い勝手も性能も比較にならない。あれば、便利という程度の機能なのに、それに大枚をはたこうとは思わない。もちろんこういう多機能の玩具タイプもあっていいのだが、一方でシンプルなものも会ってよい。携帯電話にしても軒並みカメラ付きになっているが、TUKAのように基本機能に忠実にという路線もあってしかるべきだ。そういう意味ではPalmも新機種は多機能方向に進んでおり、どうやらこの病気は世界共通の厄病のようだ。

まあ、文句をいうのはここまでにしても、GENIOはサイズ的にもコンパクトでスリムなのが良い。SDとCFの両方を使えるのもベターだが、いかんせん、折りたたみキーボードが直接本体につくようなものが見当たらないのが致命的。価格的に許せる限界は、GENIO e550Gあたりだが、人間には欲があるから、つい128MBのe550GXにも目が向いてしまう。

なかなか、思ったようにはならないのが世の中とはいえ、ちょっとねぇ....。ここは、素直に、シグマリオン2の中古でも入手するのが一番賢明かも....
Date: 2003年04月24日(木)


[雑記] お父さんもお弁当!
我が子の場合、小学校と中学校では給食があったが、高校に進学して給食がなくなったため弁当になった。学校には朝予約しておけば昼に買える弁当や食堂もあるが、栄養面や出費、そして学校側の要望(新入生は慣れるまでは弁当を!という学校側の親へのお願い)もあり、妻が頑張って毎日作っている。

弁当を一人分つくるのと十人分つくるのではずいぶん手間が違うだろうが、一人分つくるのと二人分つくるのとではほとんど差が無いだろう、ということで筆者も妻に頼んで弁当を持つことにした。

中年と呼ばれる年齢になり、健康診断で検査数値が気になる(ボーダーラインを突破してはいないけれど、傾向的に気になる数字とかあったりするわけだ)ようになってきた。中性脂肪に関しては、毎食後の葉で入れたウーロン茶の飲用が劇的に効果があり、半年も続けたら血液検査の中性脂肪の値は激減した。ちなみに、会社でウーロン茶を葉で入れるには、ブルックス・コーヒーマーケットのウーロン茶ティーバッグ10割増量セット(2gティーバッグ×50個×2袋で1000円、2004/4/25現在) を愛用している。どう控えめに言っても、ペットボトルのウーロン茶より美味しいし、500mlで140円のペットボトルと、一杯10円のティーバッグでは経済的にも雲泥の差である。前者は一ヶ月20日で2800円だが、後者はたかだか200円なのだ。

ウーロン茶で中性脂肪を抑制できたとしても、昼食に脂っこくて一食1000カロリー近くもあるホカ弁を毎日食べていたのではどうにもならない。泥だらけの足でしゃがみこんで一所懸命廊下を雑巾がけしているようなものだ。

弁当は冷めると不味いというけれど、それは暖かいままで食べることを前提にしたホカ弁とか、出来立てを食べてこそ美味しい揚げ物類ばかりを詰め込んだコンビニ弁当だからだ。妻の作ってくれる弁当は、野菜と魚の肉類のバランスもとれているし、おかずは冷めても妻の愛情が暖めてくれているのであるから、不味いわけがない。

ともあれ、お弁当族になった筆者であるが、もう一つメリットがあって、弁当を買いにいったり、外へ食べにいったりするのに往復する時間が浮いて、その分昼休みが増えることだ。その分、本を読んだり...とかできるわけで、これはちょっとしたゆとりである。最初は重くなるから嫌だと思っていたのだが、いざ持ってみるとたいしたことはなく、それよりは妻の愛情と健康と昼休みの有効利用のほうがうれしい。

愛妻弁当万歳。
Date: 2003年04月25日(金)


筆者旅行のため休載
筆者旅行準備と旅行のためしばし休載します。
再開は五月中旬予定です。
では、いってまいります。
Date: 2003年04月26日(土)

プロフィール

aichanworld

Author:aichanworld

リンク
カテゴリ
月別アーカイブ
最新記事
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR