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あいちゃんの日記帳 2003年01月分

あいちゃんの日記帳

2003年01月の日記


[雑記] 新年はめでたいだけなのか?
「新年」ってめでたいのか?筆者は子供のころからそれが非常に疑問だった。とくに何が変わるわけでもなく、国家的あるいは個人的な記念日でもなく、単に一年の最初の一日目というだけで、一ヶ月の最初の月と何ら変わりは無いではない。それでも子供のころは、お年玉がもらえたので屁理屈をこねずに素直にありがたくお年玉を頂戴していた。

だが、お年玉とは縁が無いどころかこちらが差し上げるようになり、会社はかろうじて年末年始が四日ほど休みになって、まあ、休みはありがたく休ませていただくというので、年末には「良いお年を!」と皆に声をかけて退社するが、内心では「そんなこたぁ、どうでもいいじゃねぇか、単なる連休だ…」とか思い、仕事始めではにっこり微笑みを浮かべて「おめでとうございます」と口に出しては言うが、心のどこかでは「何がめでたいのだ?俺個人は何もめでたく無いぞ、てめえらの何人が本当にめでたいと思っているのだ?正月がめでたいと思っているような軽い頭をしているなら、それこそめでてぇ頭だ」などと、えげつない思いが毎年頭をよぎる。

これは多分に誇張があるとしても、いまだかつて「正月だからめでたい」などと思った事は無いのは事実だ。それどころか、何一つ良い事は無いくらいのものである。たとえば物価。年末には便乗値上げで食品はすべて値上がりする。カマボコなどは典型的で、普段売っているかまぼこは年末近くになると、賞味期限はXX/12/31ばかりのオンパレードになり(作為的なのは明らかであろう)で、年明け何日かまで賞味期限があるものは、その二倍とか三倍以上の価格がついている正月用と称してちょっと大きくしてパッケージだけをかえた詐欺のような代物ばかりである。肉だって、魚だって、野菜だって皆便乗値上げだ。一体全体これのどこがめでたいのだ?不景気で、下手すると年末賞与だって出ないところだって少なくないのに、この値上げは何なのだ?

こういう非難をすると「この馬鹿は正月のめでたいときに何をほざいているんだ、ボケ!」とか言われそうだ。では、正月の何がめでたいのか?筆者には正月がめでたいという本当の理由がわからない。「おめでとうございます」=「『こんにちは』の正月用語」程度なら話はわかるが、happyという意味では全然ハッピーさがない。言った方はハッピーかもしれないが、言われたほうもハッピーとは限らないではないか。

あえていうなら、一年が無事に過ごせて新しい年を無事に迎えることができてありがたい、という感謝を表現するなら理解できる。その思いを「おめでとう」に込めているなら、単純に「おめでとう」という表現には納得できない。一年間の自分と家族の無事を祝し、これからの一年の無事を祈るというのが新年の区切りの行事であろう。だが、それを感謝し祝うなら、毎夜一日が無事に終えたことに感謝し、毎朝一日が無事であるように祈る(別に神に祈るとは限らない)べきであろう。祈り・祝うなら地道に毎日心を込めるべきであり、年に一度金をつかう口実にするならやめたほうが良い。

新年は、過去の一年を反省し、来るべき一年をどう過ごすかを真剣に考えるときではないだろうか。やれ、めでたいだのと浮かれて飲んで騒いで、はいサヨウナラで終わらせて良いわけではない、と、筆者は思う。
Date: 2003年01月01日(水)


[オーディオ] MDR-ED238SLというインナーイヤーヘッドホン
随分昔、カセットのポータブルオーディオだったころに、買い求めたインナーイヤータイプのヘッドホンで、SONY MDR-ED238SPというのが手元にある。

耳にあたる部分にひょっとこの口のような妙な形をしたゴム製のイヤーチップが取り付けられていて、耳へのフィット感が高まるという代物だ。確かにフィット感は普通のインナーイヤータイプに比べたらかなり良い。だが、音は....かなり酷い。

一聴するとメリハリが聴いて、高音も低音も良く出ている音に聞こえる。だがそれはソニー得意のドンシャリ音で、極端に持ち上げられた低音と高音、そのくせ低音は有る程度から先は出ていない始末。定位感も最悪で、他のヘッドホンだと楽器の位置がきちんとわかる、すなわち音像が頭に出来上がるようなソースを使っても、音像はぼけて頭全体に広がるような感じがしたりして、ひどいと一定せずあちらこちらにフラついているようにさえ聞こえる。また解像度は非常によろしくない。音はこれより地味でも、もっとマトモな音のインナーイヤータイプのヘッドホンは山ほどありそうだ。

とにかく最悪なのはその極端なドンシャリと解像度の無さで、これをしばらく使っていると、他の比較的まともな音のヘッドホン、手持ちのものではMDR-7506やもう少しソフトなところでMDR-CD780などの音が極端なカマボコに聞こえるくらいに、MDR-ED238SPは極端にドンシャリである。こういうものを長い間使っていて、さらにボリュームをあげていたりすると、まともな音感というのが無くなってしまうのではないかと恐れる。一見派手な音作りをしているが、実はかなりの曲者なのがこれだ。

まあ、大体にしてインナーイヤータイプや耳かけ式にまともな音を出すものがあるわけがないが、このMDR-ED238SPは別の意味においても恐ろしい存在だ。このひょっとこ型イヤーチップは耳穴の方向に穴が開いていて、ユニットとの間は空洞(当たり前)だ。これがしばらく使うと、汚い話で恐縮だが耳垢の巣窟になる。実際問題、私がつかっていたもののひょっとこキャップをはがして中をみて驚いた。さすがにキノコは生えていないがカビくらいなら生えるかもしれない、あるいはそれを容易に想起させるくらい酷い。一旦これを見たら、もうこのひょっとこキャップのものは使いたくなくなること請け合いである。もし、MDR-ED238SPを長い間お使いの方がいらしたら、勇気を持ってキャップを外して中を見てはいかがか?もっともそのままゴミ箱に捨てたくなっても、筆者は一切の責任はもてないのであしからず。

普通のインナーイヤータイプなら掃除はまだ簡単で、時折無水アルコールで表面を拭いて多少は清潔に保つことはできるが、このMDR-ED238SPはそう簡単ではない。それにキャップを一旦外すとはめるのも面倒だし、ユニット側の半分に貼り付けられた黒いシートもはがれたりする。自分の音感を破壊することをいとわず、なおかつ、自分の耳垢とずっとお友達でいたい諸氏にはオススメできるヘッドホン...であろう。
Date: 2003年01月02日(木)


[雑記] 我が家から見る早朝の富士山
20030103.jpg 

冬になると東京都心近くといえども空気の透明度が高くなり、晴れた早朝には我が家のバルコニーから富士山とその東方に連なる丹沢山系が良く見える。東京には「富士見」とかいった風に「富士」のつく地名が多いけれど、そういう意味では我が家も冬場は「富士見マンション」と言えなくも無い。

普段は交通量の多い我が家のそばの道路も、正月三が日は交通量も減って静かな朝を迎えることが多い。都心近くに住んでいると、その交通の便の良さと便利さ故に手近なところから眺めることのできる自然を忘れがちだが、昨日の朝のように休みではあるがちょっと早起きして外を見ると気持ちの良い景色を眺めることもできる。ビルの谷間にあるとはいえ、日本の象徴でもある富士山を自宅から眺められるというは、やはり素晴らしいことだと思う。

私は登山などは縁がなく、富士山も眺めるだけにしているが、登った人によれば心無い多くの登山者により、富士山はごみであふれかえり、それが原因で霊峰富士といえども世界遺産に選ばれなかったという。Googleを「富士山」「ごみ問題」(ゴミ問題)といったキーワードで検索すれば、驚くほど多くの検索結果が得られるのは、現状を反映しているとはいえ、悲しいことだ。

私が、昔、ある方から教わった言葉に、『自然の中で残して良いのは思い出だけ、取って良いのは写真だけだ』というものがある。解説するまでもないが、
・ごみは一切出さないこと、必ずすべて持ち帰り自宅でごみ処理をする
・不用意に自然の中に踏み込んで荒らさないこと(足跡を残すなという意味)
・野生の動植物や岩石などはその場にあるのが一番良く取るなど問題外
ということであるに他ならない。

普段街を歩いていても、平気でガムやらタバコの吸殻やら飲み物の空き容器などを捨てる人を見かけるし、そこまでしなくても車で高速道路のサービスエリアに入ると、何気に車内の小さなゴミを車外に捨てる人は枚挙に暇が無い。こういう連中に育てられた子供は当然親のそうした振る舞いを見て育つから、自然にゴミをそこいらに捨てるようになる。かくして、こういう連中が登山をするとゴミを残してくることになる。仮にゴミ箱があったとしても、富士山などといった特殊な環境においては、それは自分で持ち帰るべきであり、残してくるべきではない。一人一人が自分のゴミを100%持ち帰ればゴミ問題はおこらない。だが、残してくることで、それを処理する必要が出てきてしまう。

ここまで富士山が荒らされるならば、気象や天体観測など特殊な業務のためだけに登山を許可し、それ以外の一般登山者は一切の登山を禁止すべきではないか。強行であるが、マナーがいつまでたっても守れないなら、強制的な手段に訴えるしかないではないか。
Date: 2003年01月03日(金)


[オーディオ] ポータブルヘッドホンあれこれ (1)
手持ちのヘッドホンの中で、ポータブルで音質と使い勝手・装着感が筆者の耳と感性と使い方で評価に値しするものを手持ちの中から選んでみた。再生機器としては筆者が標準的に持ち歩くものに限定し、あえてコンポなどでの再生評価は避けた。

[プレーヤー]
1ビットポータブルMDプレーヤー SHARP MD-DS8 (リモコン経由)


[音源]
Andre Rieu 「Dance around the world」(UICO-1037)の18曲目「The Beautiful Blue Danube」ONKYO DV-S205TXONKYO MD-105TXを光デジタル接続してSPモードで録音したもの。

[評価対象ヘッドホン]
SONY MDR-EX70SL
audio-technica ATH-F55(改造版) ...ユニットにAIWA HP-X121のものを移植した
JVC HP-AL500
Panasonic RP-HT870

[レファレンスヘッドホン]
SONY MDR-7506 (本リンクはPDFファイルへのリンクです
SONY MDR-CD780

[評価のポイント]
ポータブルでアウトドア・通勤電車車中用なので音漏れの少なさ、遮音性の高さ、ポータビリティ、装着中に一時的に外したときの扱いやすさ、そして音質を独断と偏見で評価した。

[SONY MDR-EX70SL]
インナーイヤーの密閉型(カナル型)だけあって、遮音性は抜群。その反面、コードが衣服にこすれる音や自分の足音などが異様に耳に響くが、これは使っていると不思議となれてくる面もある。カナル型ということで人によっては気持ち悪くなるという人もいるが、筆者の場合は特に問題なし。音漏れも普通の音量(上記テストソースとテストプレーヤー)でボリューム17~18くらいで十分に地下鉄車内で利用可能。この程度では事実上音漏れは皆無といって良い。小型のインナーイヤーなので、ポータビリティは抜群だが収納方法次第ではコードが絡みやすい。一時的に外したときも普通のインナーイヤータイプ同様に首から下げておいて全く問題ない。音質はかなりエージングしたあとでは、ソニー製品としてはそこそこ良いバランスだが、高いほうがやや出づらい。弦の高音の伸びの再現に難が感じられる。中高音で暴れが見られる、低音は結構強めだが思ったより下のほうまで伸びていて篭った感じは少ない。利用上の大きな問題は、カナル型であるがゆえに不潔になりやすいこと。しばらくつかっていてキャップを外してユニットのところを、無水アルコールを浸した麺棒でやさしくふき取ると、耳垢の塊が剥がれ落ちたりするので、こまめに掃除しないと健康によろしくないかもしれない。

[audio-technica ATH-F55(改造版)...ユニットにAIWA HP-X121のものを移植]
オリジナルのオーバーヘッドの耳をすっぽり覆う密閉型ATH-F55は評価に値しない。HP-X121のユニットに入れ替えるほか若干の細工をして、しばらく鳴らしたあとでは、かなり良くなる。遮音性は抜群、音漏れは耳をすっぽり覆う密閉型であり、耳のせタイプの密閉型とちがって隙間があかないので、通常の音量で聞いている限りまったく問題なし。改造の際にハウジング裏にフェルトなどを貼ればもっと完璧かも。折りたたみ式なのでポータビリティは悪くない。プラグレストもついていてなかなか便利だが、プラグレストにプラグをさすと、プラグがバンドに対して垂直に立ち上がるので、バッグなどに放り込んだときにプラグの付け根に側圧がかかりコードの付け根を傷める可能性がある。また折りたたみは他の密閉型のようにハウジングをバンドに押し込む方式ではなく、ハウジング180度回転させるのでめんどくさいし、この回転の中心部が真っ先に壊れそうな恐怖がある。一時的に外したときは伸ばした状態で固定できるが、首にかけると両ユニットが喉を圧迫して大変苦しい。同じ密閉型でもレファレンスにしているMDR-7506などは非常に楽なのでちょっと問題ありだ。音質的には改造なのであまり評価するのはどうかとオ思うが、中高音が強めにでるが比較的平均的。低いほうもそこそこ出る。まあ、無難な選択。おとなしい中に華やかさがある。

[JVC HP-AL500]
耳かけ式だが、ヘッドホン本体のサイズは小型の耳かけ式の倍くらいの直径があり、重さも倍くらいはあるだろう。イヤーパッドは厚めであるが、耳かけ式の宿命でどうしても耳にヘッドホンが密着しないため、遮音性と音漏れでは問題あり。ただ、音漏れは耳かけ式としては少ないほうだが、地下鉄車内での利用はかなり厳しいように思う。外したときもユニットがでかくて重いので、妙にぶらぶらして困ってしまう。音は耳かけ式としては低音までよく伸びているとは思うが、SONY MDR-EX70SLの敵ではありえない。高音はやかましさが少なく比較的素直で、多分クラシック向きかも。遮音性や音漏れ、外した時の不安定さを考えると、どうも日常の通勤などでは苦しい感じ。音は耳かけ式としてはかなり癖も少なく良いほうではないか。また、耳かけ式の常として収納したときにコードが異様に絡まりやすいのも難点。しかし、ユニットがある程度耳からはなれているということで疲れが少なく、遮音や音漏れを気にしなくて良い用途のアウトドアで長時間使いたいなら、結構良い選択ではないか。ただ、通勤電車向きではないだろう。

[Panasonic RP-HT870]
オーバーヘッドの耳のせ式密閉型ヘッドホン。遮音性はATH-F55改造版には譲るが、実用上遮音性・音漏れともに問題はない。外したときもATH-F55ほど苦しさがなくラクチンなのは救われる。また完全に外したときには、コードが本体にリールで収納できるので大変楽で、ポーチがついているのも嬉しい。ただ、ヘッドバンドやアームが見た目に安物のプラモデルのようで、価格の半分程度のヘッドホンの見た目しかない。見た目だけ言えば2000円以下。音は低いほう、高いほうともに伸びがなくてかまぼこだが、オリジナルのATH-F55より数段まとも。これのメリットは、コードが収納できることとポーチがついていることくらいだろうか。改造する気と覚悟があるなら、ATH-F55にHP-X121のユニットを入れたほうがずっと良い。しかし、改造するのが嫌なら、このヘッドホンは見た目の安っぽさをのぞけば持ち運びも楽だし、まあ、許せる範囲内のかまぼこなので、そういう人には結構良い選択かもしれない。

ということで、筆者の独断と偏見での手持ちの中ではオススメはやはり、SONY MDR-EX70SLか、ATH-F55改造ということになる。

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Date: 2003年01月04日(土)


[オーディオ] ポータブルヘッドホンあれこれ (2)
手持ちのポータブルヘッドホンの独断と偏見での感想・評価の第二段である。昨日も書いたとおり、筆者手持ちのヘッドホンの中で、ポータブル用で音質と使い勝手・装着感が筆者の耳と感性と使い方で評価に値しするものを手持ちの中から選んでみた。プレーヤーやソースは昨日記載分と同じなので、そちらを参照されたい。

[評価対象ヘッドホン]
SONY MDR-A35SL
AIWA HP-V161

[評価のポイント]
昨日分とまったく同じで、ポータブルでアウトドア・通勤電車車中用なので音漏れの少なさ、遮音性の高さ、ポータビリティ、装着中に一時的に外したときの扱いやすさ、そして音質を独断と偏見で評価した。

[SONY MDR-A35SL]
非常に珍しいバーティカルタイプ。普通のインナーイヤーヘッドホンのユニットは顔の側面に対して平行に、つまり耳穴の開口部に蓋をするような感じで装着するが、バーティカルタイプは穴に直角に、従来のインナーイヤーヘッドホンの向きを90度回転させたような状態で装着し、ユニットの開口部は頭の中心部を向くのではなく、正面(目のある方向)を向く。解剖学的なことは良くわからないけれど、この方向に耳穴にユニットを挿入して装着することで、ユニットから発せられた音は、耳穴の壁に反射するのではなくダイレクトに鼓膜方向に向かうのだそうだ。

非常に小型で細身なのでオーバーヘッドでありながらインナーイヤー並に目立たない。重量はコードを除き18gとめちゃ軽。細身で軽いために耳から外して首にかけていてもまったく苦にならない。

ユニット径がやや大きめなので、耳穴が小さい人が装着すると耳穴の出口付近がちょっといたくなったりする可能性があるようにも思う。ユニット部の形状が特殊なのでパッドがつけれないのが難点。できれば当たりをソフトにするパッドが欲しかった。ユニット部が結構大きくて、これが縦に耳穴に半分くらいは入るため、耳穴への存在感が大きすぎて長時間の装着には向かない感じ。

バーティカルタイプということで、直接音が鼓膜に向かうらしいので、必要な音量も他のヘッドホンに比べたら抜群に小さな音量(ボリューム)ですむ。形状のわりには遮音性も高く、周囲の騒音があまり気にならないが、(音量にもよるが)アナウンスがまったく聞こえないという危険は少ない程度には聞こえるようだ。ユニットの開口部は耳穴に入って鼓膜に向かう方向にしか開いていないこと、前述のようにかなり小さなボリュームで十分な音量が得られるために、音漏れはほとんど無い。これでシャカシャカ音漏れがするような音量で聴くと、難聴への道まっしぐらであること疑いない。逆にいえばこれで音量をあげて聴くのは、MDR-EX70SLで音量をあげるのと同じ位聴力には危険であろう。

音のほうは、いかにもソニーの低価格ゾーンらしいドンシャリというか、シャリがほとんどないドンドンだ。ピアノのソロを聞くと、グランドピアノの音がおもちゃのピアノのようになってしまうのは悲劇で、幅広くフラットに近い特性を要求するクラシックには極めて不向きであると言って間違いないと筆者は感じる。

小型軽量であること、着脱が非常に容易であること、外したときにも全く邪魔にならず首からも落ちにくいこと、オーバーヘッドのショートコード両出しなので外してバッグに入れてもコードが絡みにくいこと、遮音性が高いこと、音漏れが非常に少ない事、ドンドンのシャリなしではあるがジャンルによっては許せる範囲であること、などから、耳穴への装着感に存在感が有りすぎることを除けばアウトドア通勤ヘッドホンのチョイスの一つだと思う。

[AIWA HP-V161]
希望小売価格1,500円、実売は1,000円を切るというローエンドのローエンドであるインナーイヤーヘッドホン。ゼンハイザーのMX400やMX500同様に、見かけはなんの変哲もなく、コードは1mもありさらにプラグはL型というところまでゼンハイザーのMX400やMX500そっくりであるが、この長さはリモコンにつなぐにはちょっと長くて不便な奴であるが、ポータブルラジオにつなぐには格好かもしれない。

最大の特徴はユニット部周囲のゴムパッドにあり、普通はプラスチックにぴったりかぶさっているものが、このヘッドホンではタイヤ状で中空になったゴムパッドがかぶっていて、おさえるとプニプニしている。これがあるため、耳穴出口部にフィットしやすく、隙間からの音漏れがインナーイヤータイプとしてはカナル型を除けばかなりに向上するようだ。

筆者はインナーイヤータイプをつけると、すぐにポロポロ耳からユニット部が落ちてしまい非常にいらつくのだが、これはそのプニプニパッドのために落ちにくい。あくまでインナーイヤーとして相対的に落ちにくいだけであり、インナーイヤそのものが非常に外れやすいことは言うまでも無い。音漏れも同じく『インナーイヤーとしては』少なめだと思う。遮音性はこのタイプではごく普通ではないか。外した時の扱いも何ら特筆すべきことはない。冒頭に書いたように1mとコードが細くて長いので扱いにくいこと限りなし。またこの長さゆえに外してバッグに放り込んだときんは、次に出すときに絡まっていること必至。

ゼンハイザーのMX400やMX500と同じでコードが1mと長くプラグ部分まで左右別になったコードできているため、SHARP MD-DS8用として4極改造するには格好の素材かもしれない。1,000円を切る実売なので失敗してもさほど惜しくは無いのがメリットか?とはいえ、インナーイヤーヘッドホンとしての音は、MD-DS8付属のもの(ゼンハイザーのMX400あたりと同じらしいという「うわさだが...」)のほうが比較にならないほとバランスと解像度が良いので、あえてこれを4極化するメリットは何もない。

音のほうは実売1,000円をきるものとしては総じて頑張っているといえる。最初のうち(エージングが進まないうち)は低いほうの伸びがない。エージングすると良くなってくるが、それでもまあ、所詮価格からすれば良いとは言うものの、価格が価格だけに良くなってもたかだか知れているので騒ぐほどのものは何も見あたらない。1,000円程度としてはピカイチだと思うので、1,000円前後ででできるだけ良いものを求めたいという人にはかなりオススメできるが、3,000円とかそれ以上出せるならわざわざ買う必要はまったく無いであろう。ポケットラジオ用くらいなら笑って許せる範囲。MDR-7509をもそこそこ鳴らすことができるMD-DS8のお供にするのは、あまりに貧弱すぎると思う。これに1,000円を出すなら、あと1,400円ほど追加して、ゼンハイザーのMX500を買ったほうが絶対に利口だと思う。何がなんでもヘッドホンに1,000円以上出せないという場合にのみ許せるチョイスではないか。1,000円前後のヘッドホンとしてはべストチョイスであるのは、ほぼ間違いが無いであろう。

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Date: 2003年01月05日(日)


[雑記] 人は何故足の指をぶつけるのか?
正月休み最後の日である昨日の朝の事だ。出かける予定があるので目覚まし時計が鳴り、スヌーズ機能で5分置きに二~三度鳴らしたあと、ようやく起きる気になって、暖かなな就寝時用羽毛ソックスとフカフカのダウンピローとフェザーベッドとダウンコンフォーターに別れを告げ、隣の居間でもぞもぞ着替えをしたあと、寝室と居間の間を行き来していたときのことだ。

突然、左足の指に電気が走り、目は一瞬白目をむき、「う~」と狂犬病の犬のごとく唸るのが精一杯の痛みが襲った。左足の第四指を部屋の境目の柱にぶつけてしまったのである。しばらくは「痛い」という声さえでなかった。これに近い痛みとしては、男性ならば○○タマにボールがぶつかった時の痛さに近い物があるようで、思わず股間を押さえて飛び跳ねたくなるほどの痛さ....に近い。

これまでの短からぬ人生で数え切れぬほど足の指をぶつけてきたが、記憶している限りは右足はほとんどぶつけた事がない。おそらく九割以上は左足だ。それも、親指(第一指)とか第二指、第三指あたりをぶつけた記憶はとんとない。覚えている限りは左足第四指とか小指(第五指)ばかりである。右足が利き足なので、左足は右足に追随するだけになっており、さらに第四指とか第五指に至っては、大名行列の最後尾のようなもので、頭もその存在すら忘れているに違いなく、頭からの的確な指令が届きにくい左足は自らの動く方向と目測を誤り、第四指なり第五指なりが柱、椅子やテーブルの脚などに激突するのであろう。要するにニブイのかもしれない...。

人が足の指をぶつける先は、柱、椅子の脚・テーブルの脚・ベッドの脚などの「脚」が主なところで、「足」と「脚」が激突し大体は人間のほうの「足」が負けてその主は白眼をむく。ここで、ふと、思ったのだが、こんなふうに人間の足指が家具なり柱なりに激突するのは、日本の室内生活習慣で靴を履かないからではないか。室内でも靴を履く欧米では生身の足指が家具の脚と激突する機会は非常に少ないに違いない。なるほど、これは素晴らしい(どこがだ...)。やはり日本も室内で靴を履くようにすべきだ...などと下らぬことが、痛みの間に頭をよぎる。正確に言うと「何で日本でも室内で靴を履かないんだぁ!」という魂の叫びである。

ぶつけた指はとりあえずなんとか骨に大きな骨折はなさそうだが、普通なら一時間もすれば痛みがかなり引くところが、一向に引かない。妻の告白によればしばらく前に同様に左足をリビングテーブルの四角い脚におもいっきりぶつけて、白眼をむいたらしのだが、その経験ではすぐに冷シップをしたほうが良いという。そのススメにしたがって、冷シップ薬が偶然にも自宅にあったので、それを小さく切って第四指をサンドイッチにした。

この状態で外出したけれど、どうも動き出すときが痛いのだが、これも妻と同じ症状だ。妻は痛みがひくのに一週間以上かかったというが、おい、それって骨にひびがはいったんじゃねぇのぉ?ぎょえぇ~と精神的ダメージがまた加わり、さらに弱気になる。

さて、帰宅後ソックスを脱いでシップをはがして仰天。ぶつけた場所がはっきりわかるくらい正直に内出血しているのである。こういうのに弱い筆者は顔面蒼白。こ、これは、もしや最悪は足指切断か....(とさらに弱気になる)....ってそんなわけはないだろう、つーの。

気を取り直して、シップを交換して、娘のPCのDVD-ROMドライブが不調だったので取り替えて、付録のWinDVD Ver4をインストールして、夕食をとって...としばし痛みを忘れ現実逃避の結果、あらためて指を確認すると冷シップの効果覿面、紫色はやや肌色に戻っていて一安心。

ああ、明日から会社が始まるなぁ。「足指ぶつけた休暇」を一週間ほどくださーい!って、無理か... f^^;

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Date: 2003年01月06日(月)


[オーディオ] ポータブルヘッドホンあれこれ (3)
またもやヘッドホンの話題である。なぜこれほどまでにこの話題が続くのか。それは、電車&地下鉄通勤者として、以下のような条件を満たすものにいまだ出会ってい無いからである。

(1) 外来音の遮音性が高いこと、しかし、緊急アナウンスなどは聞き取れる程度であること。
(2) 周囲に不快な思いをさせないために、適切な音量で聞く限り音漏れが無いこと。
(3) 持ち運びに便利なこと、折りたたみ可能であること。
(4) ちょっと外して首にかけたときなどに首を妙に圧迫しないこと。
(5) 筆者が良く聞くのは静かな曲やクラシック、ピアノ、あるいは透き通った女性ボーカル(Sarah BrightmanやIzzy、白鳥英美子の類)などが美しく聞けること、すなわち妙な癖が少なくフラットなほうが良い。
(6) コードの長さは50cmでは短い。かといって2mとか3mもあると長すぎる。これはポケットにいれているポケットラジオ(SONY SRF-M95 [TV1~3/FM/AM])につなぐこともあり、その場合50cmでは短くて届かないからである。
(7) 振り向いたり上を向いたり下を向いたりして首を動かしてもずれにくい、外れにくいこと。

まあ、ずいぶん五月蝿い条件だこと(笑)。

さて、今回はゼンハイザー(SENNHEISER)というドイツのメーカーのMX500というインナーイヤーヘッドホンを取り上げよう。

[SENNHEISER MX500]
インナーイヤータイプのヘッドホンで、イヤーピースの部分は筆者に言わせるとやや大きめなので、スポンジのイヤーパッドをつけないと耳にうまくフィットしない、というかすぐにポロリとこぼれ落ちる。付属のイヤーパッドはやや薄いのでフィット感がイマイチだが、市販のaudio-technicaの4個入りのものがちょっと厚手でフィット感が向上する。

コードはネックチェーンではなく両出し式だ。これは賛否両論があるとおもうけれど、筆者の経験ではネックチェーンは、首をうごかすとどうしても右側が外れやすくなる。また、首にコードが触ると鳥肌が立ちそうになるので(笑)筆者はあまり好みではない。ネックチェーンは、首と襟の間にコードが挟まることも多くあり、その状態で首を動かすと筆者の場合は大抵右側が簡単に外れてしまい苛立つことおびただしく、歩いていても段々右側が耳から浮いてくる。両出し式は一見するとダサそうだけれど、首に絡まることはないので、意外と耳からは落ちにくいようで、少なくとも筆者の場合は明らかに両出しのほうが落ちにくい。

収納式ケース付きでコードは1m。筆者のようにラジオをポケットに入れてそれでも使う人には好適な長さだが、リモコンを胸付近につけてそれだけで使う人にはちょっと長いかもしれない。途中にボリュームがついているが、これは通常は最大で使う。ちゃちいもので、途中の左右バランスもいい加減なので常に最大で使うのが原則で、使い方としてはミュートスイッチ的に使える。すぐに音を小さくしたいとか、ラジオを聞いていて自動改札をとおるときの猛烈なノイズを避けたいときなど、である。最初はボリュームなんか不要、と思ったけれど、これが意外に有用である。ボリュームの部分も非常に小さいので邪魔にはならない。

遮音性はほとんど無いに等しく、動力車でない最新式の静かな電車の車両であれば問題ないけれど、地下鉄や地下鉄ホームにおいてはほとんど無力に等しく、静かな曲は全く聞こえないといってよい。これで静かな曲が聞こえる程度までボリュームを上げた状態で、環境が静かなところに移動すると猛烈に大きい音であることがわかり、このまま続けると難聴への道をまっしぐらであること請け合いだし、車内で刺される可能性だって大いに高くなるかもしれない。外来音はよく聞こえるので、どちらかといえば徒歩移動しながらとかに使うのが良いだろう。

音は良く言えばフラット。ソニーのように妙な低音の持ち上げとシャリシャリ感が無いのは筆者の曲の好みからは好感が持てるが、曲の好みによってはパンチが足りないと感じるかもしれない。一芸に秀でたところもないかわりにひどい欠点もないという感じ。子供でいえば、通知表で最高の5もあるけれど、1とか2もあるのがソニーならば、SENNHEISER MX500は、全教科4であり、決して学校一番の秀才ではないけれど地味で確実な優等生という感じといえば分かってもらえるかもしれない。クラシックや静かなストリングなどを好まれる方には、この価格(ヨドバシ店頭で2,380円)としては、秀逸だと思われる。フラットなインナーイヤータイプを好まれる方は5,000円以下ではこれしかない、かもしれない。

インナーイヤーでもう少し密閉度が高いものであるなら、SONY MDR-EX70SLというカナル型があるが、こちらは使い始めはかなり低音が強くて高いほうが細いソニー型。筆者の場合はかなり長期間使いつづけてようやくその傾向が改善されてきたが、音量への効率がわるくて結構ボリュームをあげないといけないのはイマイチ。

SONY MDR-A35SLというバーティカルは低音が出すぎて高音が無いのであるが、あれでこの音が出れば筆者の好みとしては5,000円以下では無敵のヘッドホンになるのだが...。
Date: 2003年01月07日(火)


[雑記] ぶつけた足指のその後
日曜日の朝に寝ぼけた状態で柱にぶつけた左足第四指のその後の話である。当日その後外出して帰宅して足指をみたら、ぶつけた部分が紫色に変色して内出血しているのをみて、気弱な筆者は大いに慌てふためき、足指切断にはならないかしらん、とヤキモキしたのだった。

ぶつけたときから、賢明なる妻の勧めに従って冷湿布をしつづけ、月曜日に会社が始まってからも、昼休みと夕方に湿布を交換しつづけた結果、内出血は大分吸収されて元の肌色が戻りつつあり、痛みのほうもずいぶん軽快した。妻は「私は痛くなくなるまでに十日はかかったわよ!」と脅かしてくれたが、どうやら私は十日はかからずに済みそうなので、一安心である。

インターネットで「足の指(あるいは「足指」)」「ぶつける(あるいは「ぶつけた」)」といったキーワードで検索すると多くの検索結果を得られるのだが、どこかに「足の指をぶつけて、痛みが長引く場合には骨折あるいは骨にひびが入っているケースも少なくない」とか恐ろしい話を読んだので、戦々恐々としていたのである。

たかが、足指第四指だけれど、これを固定するとやはり大げさなことになってしまい靴がはけなくなってしまうではないか。これはやはり不便であるから、しばらく様子をみてどうしても痛みが引かなければ、やむをえないので近所の整形外科に行くことにするか...と思っていたので、この回復は精神的に非常にありがたいものである。

人間なんて勝手なもので、例えば風邪やらインフルエンザで38度以上の熱を出してうなっていると、「もう二度と起きられないのではないか、もう二度とシャバの空気を吸えないのではないか」とか弱気になる(って、筆者だけか?)。しかし、具合の悪い症状や痛みが治まると、そんな弱気はすっかり消え去ってしまう。消え去るのは弱気だけなら非常に健全な精神状態といえるが、それに加えて「治ったら怪我をしないようにあそこでは気をつけよう」とか「良くなったらうがいと手洗いは励行しよう」といった苦しい時に立てた誓いも一緒に消えてしまうことが多いのは、筆者の学習力の無さの所以であろうか。

余談であるが、実際のところは外出か帰宅したとき、会社についたとき、会社でトイレに行ったとき、などには必ず石鹸で手を洗い、うがい(普通の水道水)をして、水でさっと顔を洗うようにしているのだが、これらを始めてから熱を出す風邪はほとんど一度も引かなくなった。少なくとも熱を出して寝込んだことは一度もなくなった。風邪を引きやすくて困っている方、ダメ元で試して見られるがよい。少なくとも手洗い・うがい・洗顔は害にはならないから。

ともあれ、足の指は大分軽快してきた。どうやら今週中にはフッカーツの勢い...かな。
Date: 2003年01月08日(水)


[雑記] 寒い正月だった
日本の場合、正月は冬と決まっているので、正月は寒くて当たり前だ。それは頭ではわかっていても、昨今温暖化の進んだ東京では、寒い正月というのは久しぶりのような気がする。

元旦は例によって家にいて近所に出かけただけであるが、日差しの穏やかな元旦...というわけではなくてそれなりに寒かった。だが、もっと寒かったには二日と三日だ。二日は千葉のほうへ出かけたが、房総の千葉ではなくて内陸部のほうの千葉なので結構冷え込んで寒かったし、朝・夜の東京も結構寒かった。

三日は湯島天神に行ってきた。途中から雪が舞い始めて冷たい風が吹き付けて、こういう天気に慣れていない東京住まいとしては非常に寒くて骨まで冷え切ってしまった。時期が時期だけに受験合格祈願の中学生や高校生、さらにはお受験小学生も居たりして、受験戦争が健在であることがうかがわれた。寒いのにわざわざ列を作って長時間待って祈祷してもらう人も大勢見られて、境内は寒さも吹き飛ぶほどの混雑となっていて、年末のアメ横を想起させるものがあった。

そして今日あたりはようやく寒さが緩んできて、ほっと一息というところだ。北国の方々からみれば、何をその程度で...と思っておられるだろうが、寒さになれていないのだから仕方ない。

その一方で暑い暑い都会の夏になれてくると、ハワイのラハイナですら快適に感じ、オアフに至っては肌寒くすら感じるくらいに暑さになれるので、北国の人がバテて動けなくなるような都会の暑さでも私はかなり平気であると言える。まあ、気候へのなれなんてそんなもんだ。

カナディアンの友人や道産子の友人が異口同音に言うには、東京の家は寒い、ということだ。彼らによれば、エアコンやら暖房が効いた部屋は暖房を入れている限り確かに暖かいが、最初から暖房のないトイレや、風呂の脱衣所、廊下などは寒すぎるというのである。確かに気温はカナダや北海道の冬のほうが低いが、気温の低い屋外へ出るときはそれなりの防寒衣を着ているし、室内はどこへ行っても暖かいというのである。それが原因かどうかしらないが、カナディアンの友人は冬になると始終風邪ばかり引いていた。

まだ、あと二ヶ月は寒い日は続く。春はもうそこまで来ている...というのは、まだちょっと早い。これからなお本格的に寒くなるのだから。
Date: 2003年01月09日(木)


[オーディオ] 筆者好みのポータブルヘッドホン
たかだかMD、それもポータブルMDくらいで「オーディオ」という分類はどうかと思うけれど、堅い事は言わないでおおらかにお付き合い願いたい。

これまで何度か、電車通勤に適当で自分の好みにあいそうなヘッドホン、あるいはそれを狙っている手持ちヘッドホンについて、独断と偏見で筆者の好みや通勤車中で使うのに適当かどうかを書いてきた。結局のところ、残るのは密閉型しかないのだが、ポータブル密閉で筆者好みの癖の少ない音で、フラットに近い音をだしてくれるものはなかなかない。

だが、実は、筆者の小うるさい条件をかなり満たしてくれるヘッドホンがあった。残念ながら日本製ではなくて、三日ほど前に紹介した SENNHEISER というドイツの会社のもので、PX200というものだ。

このリンクをたどって製品サイト(英語)を見ていただくとわかるけれど、オーバーヘッドの耳のせ密閉型で、私の手持ちで言うとaudio-techinica ATH-FC7 に近いつくりだが、PX200のほうがずっとスマートかつ小型である。

耳のせ密閉型だけれど、筆者の場合は実に手ごろな側圧で強くも弱くも無く、イヤーパッドがこのタイプとしては厚手でしっかりしているので、密着度が高く音漏れは聴力に害を与えないであろう程度の普通の音量で聞く限りは無いといえるし、遮音性もかなり高く地下鉄の轟音にも音量をあげなくてもかなり耐える。

細身で小ぶりであるが、その構造はさすがドイツ製でしっかりしている。ヘッドバンドは金属製のものに樹脂カバーがなされて頭にあたる部分にはソフトなパッドがついている。当然折りたたみ式だが、その折りたたみ方法はちょっと変わっていて、なかなか文字では説明しにくいが眼鏡のしまい方にちょっと似ている。その蝶番の部分のしっかりと金属製であり、ちゃちですぐ割れそうな樹脂製とは違う。全般的には細身で華奢にみえるが、しっかりと作ってあるところは非常に好感が持てる。上記サイトの情報によればコードはなんと防弾チョッキにも使われているケブラーで強化されているらしいが、見た目にはなんの変哲も無いコードに見える。

非常に小型な密閉型だが、このサイズで密閉型であることを思うと、飛びぬけた特長はないけれど、欠点も無い優等生的存在で筆者の好みの音をだしてくれる。とくにSHARP MD-DS8という、ポータブルMDとしてはかなりよい音というか癖のない音を出してくれるプレーヤーと組み合わせるには、この癖の無さが大変に心地よい。この組み合わせになると、ソースのもつ癖がそのまま耳に入ってくるようなところがあるので、音がひどいソースも良いソースも、その悪さをごまかさず、良さをことさら強調することもなく素直に入ってくる感じ。ソニーのポータブルヘッドホンのようなドンシャリ系でないと聞いた気がしない人には、オススメできない、というか、そういう人には使って欲しくない、というのが筆者の気持ち。

フラットということではあるが、オープンエアー系に比べれば密閉型の特製としてどうしても低いほうが強めに出るが、それはオープンエアーに比べるということであり、別にドンシャリとかそういった話は全く無いと思う。本質的には、どんな高価なヘッドホンでもオープンエアーと密閉では低いほうの音の聞こえ方がまるで違うのだから、先に書いたように比べるほうが間違っているともいえなくもない。

遮音性、音漏れの無さ、装着製の良さ、フラットな音、軽さ(なんと60gだ)などどれをとっても、ポータブル用という中では筆者の満足の行くものである。ただ一つ問題があるとしたら、1.4mというコードの長さにあるが、筆者はサンワサプライ イヤホン巻り取りホルダーを使っていて、これを使うと筆者には丁度良い流さになる。

これを入手してからというもの、本当に通勤中に音楽や語学教材を聞くのが楽しくなったといえる。

keyword:SENNHEISER,ゼンハイザー,PX200,PX 200,PX-200,密閉,60g,軽量,耳のせ,ヘッドホン,オーバーヘッド
Date: 2003年01月10日(金)


[映画] 外国映画の台詞の翻訳
日本で上映される洋画は、原則として日本語に吹き替えられるか、字幕をつけられて上映される。日本の公用語は日本語のみであり英語は公用語には入っていないし、映画の英語を聞き取れる日本人はごくわずかであろうから、映画上映をビジネスにするときには当然なんらかの形で日本語で台詞を提供しないと、商売にならないであろう。

理想論を唱えるならば、映画に限らずドラマの類は原語のままで解釈するのが一番だと思う。邦画を海外で上映するときに英語を始め非日本語への翻訳により、もともとの日本語のもつ微妙なニュアンスなどはほぼ間違いなく失われるし、場合によってはその概念すら存在しない場合だってあるだろう。同じ事が洋画あるいはアジア映画にだって言えるわけだ。

理想を唱えればきりが無くて、それこそ映画を見る人は主要な原語を少なくともヒアリングとその背景文化に関しては熟知していないといけないということになり、そんなのは神業だからこそ、映画の台詞を字幕にしたり吹き替えの脚本に翻訳したりする職業が成り立つのである。

しかし、多くの場合原作のニュアンスが失われ、ときには別物になっていることも少なくないというのは先のように容易に想像できるし、実際筆者の経験においても台詞の英語とは、ぜんぜん違う意味になっていることも少なくない。幸いにも映画全体のオリジナルイメージを損ねるような場合は滅多に無いようだが、字幕翻訳家の方々は映画配給会社から与えられる時間が非常に少ないがゆえに、結果的にひどくなってしまう場合があるようだ。

"The Lord of the Rings"も、そのタイトルだけとっても「ロード・オブ・ザ・リング」になっているが、これなども "Rinns" と伊達に複数になっているわけではない。それは英語原作書籍の冒頭を読めば明らかであろう。だが、日本語には複数形と単数形を明確に区別しないことが多いからやむをえないとはいえ、「指輪物語」という風にドラスティックに変えてしまえば良いが、英語のままでカタカナ表記するなら「ザ・ロード・オブ・ザ・リングズ」にすべきであろうと筆者は思う。

原作者のTalkin氏は、言語学者でもあり長い年月をかけて物語の中に、地球上には存在しない新たな言語体系やら歴史やらを作り上げたもので、筆者も今英語の原作を読んでいる途中だが、とにかく非常に長い物語であり、これは一度ではなく最低数度は読み返さないとその理解は足元にも及ばないような感じがするものだ。それを映画にするには非常に勇気が必要だったと思う。映画にすることで原作とは別物になってしまうのはやむをえないとは考えるが、それでも監督のピータージャクソンは少なくとも原作をちゃんと読んで映画を作った。だが字幕訳者にはこの物語を読みこなし膨大な背景を理解する時間など与えられるはずもなく、結果的にファンも多いが非難する声もそれに負けず多い字幕となった。もし原作を原語で一度でもしっかり読んでいれば、字幕や吹き替え台詞は随分違ったものになったと信じる。

一般には、映画の字幕を見ると翻訳以前に日本語として意味が通じないところが少なくないように感じることが多いのだが、それは他の洋書の書籍の翻訳物でも同じだ。とにかく、何にせよ、非常に限られた日数で、まずは原作を読んで理解しろなんてのは不可能であろう。だから、字幕や日本語の吹き替え台詞がヘンなのはある程度はやむをえないと言うしかない。結局のところ、こうした「ヘン」なところは、字幕や吹き替えに頼る限りはある程度あきらめるしかないと思うし、字幕や吹き替えがオリジナル版の台詞の雰囲気をそのまま伝えているなんて絶対思ってはいけないと思う。とはいえ、そういう意見に対して開きなおったように自信満々な態度でいる翻訳屋さんが一部にいるのは、どうかと思う。もう少し謙虚さがあってもよいとは思うのだが...。

ともかく、映画のオリジナルの台詞の面白さを楽しむには、そのオリジナルの言語に対するリスニング能力と、背景になっている文化への深い理解が欠かせない。だが、前者は努力でなんとかなるが、後者は....かなり難しい。その国で育ったからこそ頭や体にしみついた文化というものがあるのだから、それを大人になってから理解するのは至難の技だ。

ま、映画は難しいことをごちゃごちゃ言わないで、映像とわかる範囲でオリジナル言語の台詞を楽しめばよいのである、と思う。
Date: 2003年01月11日(土)


[雑記] おだやかな日曜日
久しぶりに朝寝坊をした。ゆっくり朝食を取って、寝室を片付けて一休みしていると、暖かな日差しが和室に差し込んでいる。正月はとても寒かったけれど、久しぶりに暖かい日差しを感じた気がする。

実家で犬を室内で飼っていたときには、冬場になると暖かなサンルームのソファの上でいつも彼は昼寝をしていたっけ。いつも決まった場所、指定席があって、たまに飼い主の人間がそこに座っていると、落ち着かない風でそのあたりをうろうろしたり、不機嫌な顔をしてみたりと、暗にその場所が自分の安らげる場所でそこを占拠されている不満を訴える。こちらがそれを感じて場所を明渡すと、待ってましたとばかりにすぐにその場所の主となる。

そんな昔の光景が頭をよぎるような、あたたかな日差しが畳を暖める。その日差しの下に寝転んでいると実に心地よい。彼の気持ちがわかるようで、「ああ、幸せ」という言葉がぴったり当てはまる。実際、寒い日が続いた後の穏やかな春めいた日差しが差し込み、その日差しだけで十分に暖かな室内というのは、これはやはり天国ではないか、と思う。

平日は朝六時前に起きてあわただしく朝食をとり、混雑が始まる前の比較的空いた状態の通勤電車に乗り、勤務先では通勤以上にあわただしい時を過ごして、朝とは逆に自宅へ戻る。そして夕食のあと風呂に入ると、のんびりできるのは二時間ほどだろうか。職住がもっと接近していれば、自由時間はあと二時間ほど増えることは間違いないけれど、こういう生活を今までの人生の半分続けていると、それが当たり前になってしまっている。一週間ほどドアツードアで25分程度の通勤になったことがあったが、このときはなんだか近すぎて調子がでなかった。単純に慣れの問題ではあるが、近いと楽なはずなのに違和感を感じるのは不思議ではあった。

こんなふうに、大抵の東京のサラリーマンと同じく、平日は慌しく過ぎてゆくだけなので、穏やかな暖かさに包まれた三連休の一日の昼間くらいは、ぼーっとしていてもバチはあたらないだろう。

室内の陽だまりでぼーっと横になっていると、彼の気持ちがわかってくる。さんさんと降り注ぐ冬の寒さが一瞬和らいだ春のような日差しで、彼の体の毛皮はふかふかに暖かくなり、彼の体臭とお日様の匂いがまざりあって心地よい香りになっていた。私が彼の暖まった体に寄り添うように座り込んでも嫌な顔をせずそのぬくもりを分けてくれたっけ。

冬の寒さは嫌いだが、その寒さがあるがゆえに、この日差しのありがたみも分かるというものだ。ハワイは大好きであるが、常夏のハワイでは寒さの合間の春めいた柔らかな日差しのありがたさを感じることは出来ない。そう思うと、日本も捨てたものではない。

Date: 2003年01月12日(日)


[雑記] アジア経済の焦点は中国へ
読売新聞の報道によれば、香港のランタオ島(香港島の西側にある香港最大の島)東端のペニーズベイ埋立地で、香港ディズニーランドの建設が始まったという。2005年の開園を目指して、香港政府とウォルトディズニー社の共同出資で進められているらしい。

テーマパークといえば、バブル時代に日本各地で官主導にて雨後の竹の子のごとく、沢山建設されたがバブル崩壊とともに、官主導のテーマパークはことごとくその存在をこの世から消して行った。まあ、娯楽施設をお役人主導で作るってところに根本的な問題があったように思うが、香港ディズニーランドの話を聞いて、ふとそんな事を思い出してしまった。

以前は中国への進出の足がかりとして日本を始め世界各国の企業は香港を利用しており、それが大きなファクターとなって香港経済は活況を呈していた。だが、今は各国企業は香港を経由することなく、直接中国本土に進出をしている。実際、一製造業に過ぎない筆者の勤務先もその例外ではなく、中国本土へ着々とその手を伸ばしている。

中華人民共和国香港特別行政区政府の香港経済貿易代表部によれば、この香港ディズニーランドで、開園時に18,400名の雇用を創出し、その後20年にわたり最高で35,800名の雇用を創出するのだという。なにやら「とらぬ狸の...」に思えて仕方ないのだけれど、この香港ディズニーランドそのものはともかくとして、とにかく最近日本の企業でも話題の焦点は国内ではなく中国にある。とにかく、今後の復活・成長のかぎはもはや国内ではなく中国・アジアにあると考えている企業が多いようだ。

日本では沖縄を自由貿易地区にとか、沖縄にアジアのハブ空港を、なんて夢が語られていた時代があったが、香港の新しい空港へ実際行ってみて驚いたが、大変広くて美しい立派な空港であり、二年連続世界で空港ランキングNo.1に選ばれるだけのものはあり、成田空港なんか悪いけれど比べる対象にすら絶対になり得ないと感じた。

新東京国際空港公団のWebサイトを見ると、旅客数や貨物取扱量においてすでに香港国際空港には大きく差があるし、路線数においては国土交通省発表データを見てもすでの主要なアジアの空港を下回っている。ただ、航空局によれば、環境面で非常に厳しい条件のある日本の空港を他国への需要をまかなうためのトランジットにも力点をおいものにする余裕はなく、ハブ空港を目指した大規模空港は作らない(交通政策審議会 空港分科会 第一回空港整備部会 参考資料より)らしいので、どうやら、アジアのハブ空港を日本に!という夢が夢であることにようやく気づいたらしい。

とにかく、身近なところで耳を澄ませ眼を凝らしていると、アジア経済が今後元気を取り戻して行くキーポイントは中国に有る事は疑いなさそうだ。そういう意味では、日本の子供たちが覚えるべき外国語会話は、一も二もなくまずいは英語、何はなくとも英語であるが、その次は中国語ではないだろうか。

幸いにも日本人が中国語を学ぶのは欧米人が学ぶほどの敷居の高さはないし、似たような物としては学生時代に漢文だって習っているわけで、まったく未知の言語というわけでもない。これからアジア経済圏で生きて行かねばならない子供たちには、英会話と中国語会話(とっていも中国語が一種類だけはないところが悩ましいが)ではないか。

もはや、当面見える将来において、日本がアジア経済を主導したりその中心であることはありえない、ように思う。
Date: 2003年01月13日(月)


[PC] Windowsが危ないのか、それを使う人間が危ないのか?
PCのセキュリティが問題になると、つねにMicrosoft社のWindowsや、OS組み込みインターネットブラウザのInternet Explorerなどが問題にされる。

現実問題、これらの製品は人間が頭で考えて作ったものである以上、「完璧」なソフトウェアであるわけはなくて、それは他のいかなるソフトウェアでも同じである。私たちが普通にPCで使うソフトウェアは、軍事用に金に糸目をつけずに開発されたものではなく、民生用として利益の確保と厳しい納期のもとで作られたものである以上、誤りが意図せずに組み込まれてしまう可能性は、非常に高いと言わざるを得ない。

Windowsの「脆弱性」といった記事は、よくPCやソフトウェア関連ニュースの話題に登ることが多いが、よくこれらのソフトウェアのことを熟知し、自ら種々の情報をチェックしている人がこうした情報を受け取るのは問題ないが、何も知らない素人あるいは素人同然の人がこれらをそのまま鵜呑みにするのは非常に危険でもある。

私は別にマイクロソフト社の回し物ではないから、別段同社をかばう気持ちは皆無なのだが、情報というのは一部だけを取り出してそれだけを強調すると、誤解・曲解の原因になることがある、のは理解すべきである。

Windowsが危ないとかいっても、ではLinuxが危なくないかというと、決してそんなことはない。Linuxにだって脆弱性はある。ただ、世界的にユーザ数が多いから、悪い事を考えるやつも多いわけで、ユーザが多いから悪いたくらみが成功すれば被害もそれだけ大きくなり、悪い奴らのやりがいも大きくなるということで、仮にLinuxとWindowsの普及状況が逆であれば、攻撃対象としても、脆弱性の発覚にしてもおそらく現状と逆になったのではないかと想像する。

ホームユーザはもとより、企業ユーザでもマイクロソフト社のセキュリティに関する開示情報に眼を通し、必要なPCにきちんとした対策(セキュリティ修正プログラム・セキュリティロールアップパッケージ・サービスパックの適用、デフォルト設定の変更、バックアップ、重要なデータの暗号化など)を行っているユーザがどれくらい居るだろうか。企業の管理者と称する人の中でマイクロソフト社のセキュリティポータルに頻繁にアクセスしてチェックしている人がいったいどれくらい居るだろうか、セキュリティ修正プログラムなどの適用状況をHFNETCHK(現在はMBSA Ver.1.1に吸収された)でチェックしてみた人がどれくらい居るだろうか。

こういうことに知らぬ存ぜぬを通しておいて、Windowsは良いだの悪いだの行った議論はどうかと思う。これらを熟知した上での議論こそが行われるべきだが、それ以前の問題として、一般ユーザのセキュリティへの認識の低さというのは眼に余るものがある。

たとえば、オフィスではどこの会社にもPCが普及していると思うが、一人一台状態という恵まれた状況のオフィスで、貴方の上司は離席するときに必ずスクリーンロックをかけているだろうか?おそらくほとんどの管理職はそんなことは無頓着であろう。その結果、下手すると重要な人事情報がわずかの間に盗まれたり、後日盗むための細工をされたりする可能性もあるわけだ。情報漏洩やなどというのは、その多くが内部犯であることを認識すべきだ。

話がそれたが、セキュリティ面で一番脆弱なのはなにか?それはWindowsでもLinuxでもない。それを使う人間、それを管理する人間、すなわち人間そのものなのである。
Date: 2003年01月14日(火)


[PC] モバイルの変貌
iモードを火付け役とした携帯電話によるメールやWebアクセスが、現在ほどポピュラーになる前、私自身はどうしていたかというと、PHSとミニノートパソコンによるメールやネットアクセスが手放せなかった。

それが今は、仕事で必要な場合を除けば、個人的な活動ではノートPCを日常的に持ち歩くことは無くなり、かわりに Palm m515 という手のひら+αサイズのPDAである。中にはこれにAir H"でアクセス環境を持ち歩いている人もいるらしいけれど、正直なところ私はそこまで必要ない。

以前、欠かさずアクセス環境を持ち歩いていたいのは、@niftyの多くのフォーラム(パソコン通信)に参加していて、そのどこも書き込みが多くてできるだけ欠かさずアクセスしていないと困ることが起こったからである。しかし、その後、インターネットへの定額接続や常時接続が急速に普及してきて、こうした趣味系の情報交換の場は、@niftyのフォーラムのようなところへ集中していた状態から、インターネットの掲示板の分散してゆき、フォーラムへの書き込みは激減した。

余談になるが、このような情報交換・交流の場が増えて広がることで、趣味にせよ何にせよ多様性の成長が促されるという点では良いのだけれど、情報収集という面でみると、ある程度集中しているほうが望ましい。何より、情報を捜し求めるほうから見れば、現在のインターネットの世界ではありとあらゆる情報がちらばっているけれど、自分に必要な情報を的確に捜し求めるのは、それなりに経験というかコツと何よりも多くの時間を必要とする。自宅にいながらにして調べられるという点では、恩恵をもたらしているが、手間としてはほんとうに簡単になったかどうかやや怪しいようにも思う。

話がそれたけれど、とにかく筆者自身は、昔ほどモバイル環境を必要としていない。仕事で必要だといいうケースを別にすれば、個人的にモバイルPCによるネットアクセスは昔ほどその必要性が無くなった。

@niftyのパソコン通信型フォーラムはどこも衰退の道を歩みつづけているし、Webフォーラムへの移行が始まっているが、それでもまだまだ活況を呈しているところはなくて、それこそ今までは数少ないコミュニティに集中していたのが、多くの小さなコミュニティに分散しているため、こういうサービスがビジネスとして成り立たなくなってきている。フォーラムに頻繁にアクセスする必要が無いとなると、残りはメールだ。

こちらは、昔より格段に増えた。本当に、増えた。だが、携帯電話のメールサービスでPCがないくてもちょっとした用事ならなんとかなるようになった。携帯電話同士ではなくても、筆者の個人メール専用アカウント(Webなどには出していないアドレス)は、@niftyのモバイルメールサービスを使って、携帯電話に転送している。

携帯電話はJ-Phoneなので、最初の192文字(最大)は通知メールとして無料で読めるので、それでみて全部読む必要があれば、続きを有償受信すればよい。返信が必要であれば、ケースバイケースで携帯から直接返信してもよいし、@niftyのモバイルメールサービスにアクセスして、そこから@niftyのアドレスで返信も可能だ。少なくとも筆者の場合はこれで十二分に用事が足りている。

このようにモバイルPCの重要性が減少してくると、それを買い換えようとする必要性もなくなってくるわけで、2001年8月に購入したLibretto L2にWindows 2000 Professional Editionを入れたCrusoe 600MHzのもので十分なわけだ。

他のモバイルPCユーザーも同じかどうか知らないが、私の周囲でも以前はモバイルPCを持ち歩いていた人は多く居たが、いまは格段に減少した。こういう状況を反映してということなのか、メーカーのほうも以前ほどミニノートPCには熱心さがなくなっているようだし、それは量販店の店頭で人の集まり具合を見ても明白だ。客が興味を持つノートPCはほとんど振るスペックノートのなっているように思う。

冷静に考えてみればモバイル・ミニノートPCってのがかなり無理があるように思う。何といっても重い、たとえ1kgでも毎日それが余分に加わるのは大変重い!のである。ほんとうにそれを必要としているシーンがいったいどれくらいあるか?筆者自身の日常に付いて言えば、現状はほとんどその必要がなくなった...のである。
Date: 2003年01月15日(水)


[雑記] 電車のドア際
ロングシートタイプ、つまりごく普通の通勤電車で、シートのどこの場所から埋まってゆくかというと、始発駅で観察すると一目瞭然であるが、まず最初にドア際の席と車両の端の席、すなわちロングシートの両端の席である。次にロングシートの真中が埋まる。では、座るところがないとき、人はどこに立つかというと、大抵の場合はドアの両端に立つ事が多いようである。

筆者自身がロングシートのドアの傍に座り、またドア脇に立ったことは数知れずあるが、この経験から筆者がドア際に立つときに注意していることがある。それはドア際のシートとの境目仕切りのの金属棒にはもたれないようにすることと、何らかの事情で自分がシート側に背を向けて立つことになったときに、荷物がシートに座っている人の頭などに横からぶつからない・触れないようにすることだ。

つり革につかまってたっていると、ロングシートの端に座っている人のことを気にせず、ドア際の人が「ぐわー」と大きく持たれて、座っている人を圧迫したり、ジャケットやコートが頭や顔に触れたり、ひどいときにはリュックがガンガンぶつかったりしている光景を目にすることがある。ときにはそれが元で揉め事が起こったりすることが珍しくない。

これなどは、自分がそのシートに座っている立場にたてば、それがいかに不快なことかすぐに理解できるはずなのだが、特に若者の中のバカヅラをした連中にそれが実に多い。それも女性より男性のほうが迷惑源になることが多いようで、最悪なのが男子高校生あたりだ。それも躾の悪そうな、馬鹿面をした阿呆が他人のこと?そんなもの知らん!って顔で、自分の肩掛け荷物や背中の荷物が、座っている人に当たろうが何しようが知ったことか!って感じで、平気の平左だったりする。

混雑した電車では、皆が何らかの不快さに耐えているのであり、それだからこそ他人への配慮がオフィスや学校など以上に必要だと思う。電車の中の揉め事、殴り合い、殺し合いなどは、元を正せば些細なことが原因であり、他人への配慮が欠落したがゆえに警察沙汰になったり、命を落としたり、一生を刑務所で過ごしたりすることになる。実にばかげたことではないか。

人間は混雑した中ではストレスが非常に高まり、心理的に一触即発の状態になる。これが毎日の通勤になればなおさらであり、通勤電車の中はつねに中東であり朝鮮半島であるといっても過言ではない。だからこそ、互いに相手を思いやることが必要なのだが、サラリーマンと学生諸君にはこれが大いに欠落している。とくに闘争本能を多く持ったオス(男性)にその傾向がつよいようだ。

電車の中ではちょっと自分の周囲を見渡して、自分自身や自分の荷物が他人に大きな不快感を与えていないかどうかを考えてみるべきではないか。そのちょっとが通勤電車の不快感を少しでも小さくしてくれる。
Date: 2003年01月16日(木)


[音楽] bond
セクシーな女性4名の英国の弦楽四重奏グループ「bond」をご存知だろうか。何度かテレビのニュースなどで流れたりしているので、そのセクシーな姿と、大変印象的なクラシック&ポップスのクロスオーバーで覚えている方も多いかと思う。あるいは、もっと印象的なところでは、車のCMではどうだろうか。トヨタの「ist」という車(2BOX)のCMで、ホイール型ヘッドホンを装着している男性が出てくるやつのバックグランドに使われているのが、bondのアルバム「VIVA!」に収められている曲「VIVA」なのだそうだ。グループ名の「bond」は英語では、人と人との結びつき・絆という意味があり、4人の結束をあらわしているのだという。

※bond: something that forms a connection between people or groups, such as a feeling of friendship or shared ideas and experiences:
(Oxford Advanced Learner's Dictionaryより引用)

彼女たちの出身地はオーストラリアや英国であるが、それぞれ4歳~7歳のころからピアノやバイオリンを習い始めて、音楽一筋で成長しそれぞれ音楽大学や音楽院を卒業しているという、立派なクラシック畑のミュージシャンである。

最近は、昔からの伝統あるクラシックのスタイルばかりではなく、クラシックの演奏スタイルや曲とポップス系の曲や演奏スタイルを融合させたクロスオーバーというかそういう系統の曲を耳にするようになった。筆者自身はクラシックは大変好きだが、通勤電車で聞くには適当なジャンルとはいいがたい。これはクラシックはダイナミックレンジが広くて、よほどがっちりした密閉型ヘッドホンを使わないと、弱音部が電車の騒音でかき消されて全く聞こえないし、通勤時間は短いとはいえないが、長い曲に浸るほど長時間乗るわけでもない。だからといって、筆者は基本的にはJ-POPとやらは聞かない。(理由は簡単、今のJ-POPのボーカルはあまりにも下手糞な歌手が多くて、観賞に耐えないからだ)。

そういうときに、実はこのbondの演奏などは非常に都合が良い。一曲が数分程度だし、音量も比較的一定した曲が多いので、電車の中で本を読みながらBGMとして楽しむには好適なのである。もっとも、bondの場合はノリノリのリズムが多いので本に没頭できないかもしれないが(笑)。

それはともかく、この「bond」という女性カルテットはセクシーだ。だが、顔やセクシーさだけで売っている下手糞なJ-POPの若手歌手とは違って、幼いころから音楽教育をびっちり受けてきただけに、その実力も本物であり、単にセクシーなだけで売れているわけではない。

クラシックというと地味で飽きちゃうという人もいるけれど、Anre Rieuやbondあたりを聞くと、これらが本格的なクラシックではないと目くじら立てる人もいるかもしれないが、クラシックとポップスを結ぶ新たな掛け橋であることは間違いない。実際、筆者だってこれを厳密にクラシックだとは思わないし、販売側もクラシックのヒットチャートには載せなかったところもあるらしい。ちなみに、HMVの店頭クラシックヒットチャートには入っているが...。

いったいどういうアルバムにどういう曲が入っているか?HMVなどでは店によっては店頭で試聴機に入っているところもあるので、ためしに聞いてみてはどうだろうか。ごちゃごちゃ理屈を言わずに、ノリを良く楽しむ、しかし、その演奏はプロ中のプロ、アマチュアに毛の生えたようなのが多いJ-POPとは違うので、安心できるものだ。

店頭試聴がない場合は、ユニバーサル・ミュージックの日本語サイトで一部がWeb経由で試聴可能なのでオためしあれ。
Date: 2003年01月17日(金)


[音楽] bondのCDの店頭の置き場所は?
昨日話題にした、電子式バイオリン・チェロ・ビオラを操る英国の美女ストリング・カルテットの「ボンド (bond)」だけれど、オフィシャルサイトで試聴して買いたくなって店頭に行ったけど、さて大きなCDショップだとどこを探せば...?

クラシックのようでいてクラシックではないし、ポップスのようでポップスでもなく、テクノのようでいてテクノでもない。小澤征爾あたりなら純粋にクラシックを探せばよいし、宇多田ヒカルならJ-POPを探せば必ず見つかる。だが、私が好きなSARAH BRIGHTMANとかIZZYあたりになると、やや混乱をしてくるようで店によってクラシックだったり、ヒーリングだったり、ポップスだったりする。

「ボンド (bond)」も似た様なもので、HMVの私が行く店ではクラシックのフロアに置かれているが、交響曲とか管弦楽とか協奏曲、オペラといったジャンル別で探すとこれまた探すのに一苦労で、これはAndre Rieuのアルバムなども同様に探すのに苦労する。まあ、わからなければ店員に尋ねれば良いって話はあるが、荘厳なクラシックが流れている中で、ジャンル不明ともいえるテクノっぽい曲が多い「ボンド (bond)」のアルバムは?とたずねるのは少々気が引けるって人もいるかもしれない。

音楽好きにとっては、CDを探すのも楽しみの一つで、探している途中に思わぬものを見つけたりして、あっというまに一時間や二時間が過ぎてしまい、気づくと手に予定した以上のCDを持っていたりして、財布の紐を締めるのに非常に苦労する。一枚のアルバムを買うつもりで店に入ったのに、つい二枚とか三枚とか買ってしまったというのは、どうも筆者の場合クラシックのフロアで多いように思う(苦笑)。

さて、近所にそういう大きなCDショップがなくて、「ボンド (bond)」?それなら雑貨店に行けばあるぞ(おい、接着剤じゃないって!)とか言われそうな感じの店しかない場合は、Web通販という手がある。

そこで天下のAmazon.co.jpだ。ここからちゃんと買うことができるのである。ということで、紹介しておこう。(以下のジャケット・イメージは無断転載などではなく許可を得たものであるので念のため)

bond(ボンド)のCDをAmazon.co.jpで検索する


cover
Born


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ボンド・スペシャル!「ボーン」スペシャル・パッケージ


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アトランタ / タイム


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Date: 2003年01月18日(土)


[PC] ノートPCのバッテリー
2001年8月2日の発売日当日に、ヨドバシカメラから宅配便で届き、その一週間後に「マウイ+オアフ家族旅行」にこのPCを連れて行ってから、その後も海外はニュージーランド、香港、オーストラリアと連れて歩き、昨年半ばまでは会社へ毎日連れていってた愛機だ。

最近までバッテリー駆動時間は楽に二時間以上持っていたのが、しばらく前からなんとなく短くなったかなぁと思っていたのもつかの間、フル充電状態から10分ほどするといきなり残量が5%を切って警告が出始めた。これはリチウムイオンバッテリーを積んでいるノートPCにおいて、いわゆるバッテリーの寿命が来てしまった状態である。こうなるとバッテリー駆動可能なノートPCではなくて、停電やら電気の使いすぎでブレーカーが落ちたときのUPS付き小型軽量のディスプレイ一体型パソコンと化してしまう。

使い方にもよるけれど、経験的にはノートPCのバッテリーは早いと1年少々、長くても2年は持たない。もちろん、長期に使わないからきちんとした管理のいもとで外して保管している場合は別で、毎日のようにACからつけたり外したりしながら使っている状態では大体こんなもんである。

こうなったら仕方ない、バッテリーを購入するしかない。これは手痛い出費だが諦めるしかない。諦めるのはいいとしても、ノートPCなどは商品サイクルが早いから、東芝ノートPCだとチチブデンキに行けば、おそらくすぐに手に入るだろうが、筆者がポイントをためている量販店だと取り寄せになる。まあ、取り寄せといっても何ヶ月も待つわけでもないだろう。

筆者はこれまでにも長い間ノートPCは過去多くの機種を使ってきた。昔はおおむね年に一台買い換えていたのでバッテリー寿命が来る前にメインとなるノートPCが変わっていたらから、メインノートPCでバッテリー寿命がつきたことはあまりなくて、世代交代してサブに回ったノートPCのバッテリーが購入後1~2年程度でダメになったことは多くある。ところが今ではノートPCの買い替えの必要も無く、というか、Libretto L2が非常に使い心地が良いので、買い換える必要も全くないし「おじさん一人旅」に資金が必要なので、買い換える余裕もないので、快適なLibretto L2はそのまま居間のテーブルトップPCとして愛用している。そうなるとメインノートPCであるLibretto L2が現役のままにバッテリー寿命が来るのは何ら不思議ではなくて、本来ならそのために、保険と同じで資金を確保しておくべきであろう。

一般に故障のたぐいは販売店の特別延長保証などに加入していればなんとかなる可能性はあるけれど、バッテリーは消耗品だからそんなものが適用されるわけはない。だから、ノートPC利用者の方はフルサイズとかモバイルに限らず最短1年程度でバッテリー交換が必要になる覚悟はしておくべきである。それを忘れていると、いきなり安くても一万数千円、フルサイズノートだと3万円とかいった出費を強いられることになるのでお覚悟を!

はあ、私はその覚悟を忘れた一人であるのだが....はぁ。
Date: 2003年01月19日(日)


[音楽] bondのアルバム、二枚目をゲット!
英国のセクシー美女のストリング・カルテット「bond」にすっかり魅せられてしまった筆者であるが、最新アルバムである「shine」を購入したのは金曜日のこと。

その日のうちに何度も何度も「shine」を聞き込んで、ぜひとも最初のアルバムである「」が欲しくなり、翌日の早朝には「Amazon.co.jpの音楽CD販売」のページから「bornのスペシャル・パッケージ」を発注した。

Amazon.co.jpの良いところは、発注から到着までが非常に早いことだと思う。これまでの経験でもっとも早かったのは、朝頼んだら夕方には届いたなんてこともあったし、都区内在住の筆者の場合は大抵は翌日午前中のうちにはペリカン便で届くことで、実際、日曜日の午前中にはちゃんと届いた。

さて、「bornのスペシャル・パッケージ」であるが、これは大好きなVictoryを含む13曲に加えて、ボーナストラックとしてこれまた筆者の好きなVIVA!を含む3トラックが入っている。さらに、アジアツアーのビデオクリップがCDエキストラとして3分ほどのMPEGファイルで含まれている。

bond」は、CDを聞いているだけでもいいけれど、ビデオクリップを見ていると、やはり聞くだけではなく見て楽しめるアーティストだとしみじみ思う。今や我が国が世界に誇るブランド「YAMAHA」のサイレントシリーズ(サイレント・バイオリン、サイレント・ビオラ、サイレント・チェロ、言ってみれば電子バイオリンとか電子ビオラとか電子チェロだ)を手にステージで躍動する彼女している姿をPCでビデオクリップを見ていると、こちらも跳ね回りたくなる。

静かに咳払いをするのもはばかられるような会場でオーケストラを聞くのも大好きだし、そういう伝統的なクラシックを楽しむのも好きな筆者だが、その一方で聞くほうに形やルールを求めないが、クラシックに根っこを持った「bond」の奏する曲も実に楽しい。理屈抜きで楽しめばよい、という感じであるが、単に容姿と若さだけでごまかしている近頃のJ-POPとは音楽の能力・才能がそもそも違うというので安心して楽しめる。

このビデオクリップを見ていたら、「bond」のDVDが欲しくなった。やはりサイズの小さなMPEGファイルの小さな画面ではなくて、普通のサイズの画面で楽しみたいではないか。本当なら、来月のコンサートにも行きたいのだが....。

(以下のジャケット・イメージは無断転載などではなく許可を得たものであるので念のため)


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ロイヤル・アルバート・ホール・ライブ (DVD)


bond(ボンド)のCDをAmazon.co.jpで検索する


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ボンド・スペシャル!「ボーン」スペシャル・パッケージ


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Date: 2003年01月20日(月)


[雑記] 海の見えるオフィス
筆者は昔から海が好きである。別に海のそばで育ったからということはないが、海と湖の両方とも好きだ。

海と湖とは単に海水と淡水というだけではなく、その周囲の風景が全く異なる。以前はあまり湖には興味が無かったが、一昨年にニュージーランドのクィーンズタウンへ行き、そのワカティプ湖畔の小さな町「クィーンズタウン」から見る山と湖は、生まれて初めて見る光景であり私の心に大きなインパクトを与えた。これ以来、湖もいいじゃないか、と思うようになった。

海というのは、人の心を不思議に静める効果があるように思う。海は人の故郷であり母でもあるから、波の音を聞き潮の香りかぐととても安からな気持ちになるのは筆者だけであるまい。地球では生物は海から発生した。原始地球で単細胞生物が発生したとき、海水を細胞内に閉じこめて体液にしたというが、それ以来生物の体液の基本的な組成は海水とよく似た状態が保たれており、人の体液も海水とよく似ているのだという。

人が心に安らぎを感じる海は、人工的な入り江や港ではなく、自然のままに人工物が何も無い海であろう。実際問題、お台場に行って海を眺めたところで、横浜のみなとみらいで美しい夜景に生える海を見たところで「綺麗だ」とは思っても、やすらぎはあまり生まれてこないように思う。それでも、都心でビルばかり眺めているより数倍マシであるのは間違いない。筆者の勤務先はビルの最上階のフロアだけれど、窓から見えるのは鉄道や住宅やマンションとかそんなものしかなく、およそ自然というものはまるで縁が無い。

先日、仕事で機会があって横浜のみなとみらいのとあるビルに行ったのだが、その窓からは一面に港と海が広がる素晴らしい光景が見られた。もちろん、クィーンズタウンの湖やマウイの海とはおよそ似ても似つかない人工物の塊だが、すぐそこに我が母なる海があるというだけで、やはりなんとなく心が安らぐ気がして、大変にうらやましかった。

こういうオフィスで仕事が出来たら、それもコンピュータディスプレイからふと視線を外して、その向こうにある窓の先には海が見える、とは実に素晴らしいことではないだろうか。都心のごみごみしてビルしか見えない、下手すれば窓も近くには無いオフィスで仕事をしていると、きっと人間は心を病んでくるのではないだろうか。その病は目に見えて現れるほどではないが、幾世代にもわたって人の心を蝕んでゆくやっかいなものではないだろうか。

海は我々の母である。私達人間は本来もっと海の近くで暮らしたほうが、より人間らしく自然に生きられるのではないか。横浜のビルから海をみながらそんなことを思った。
Date: 2003年01月21日(火)


[PC] Librettoのバッテリーその後
筆者の愛用ノートPCである「東芝 Libretto L2」は、発売日の2001年8月2日にヨドバシカメラから自宅に届いて以来一年半の間に、毎日の通勤がほぼ一年間(この半年は通勤にはPCは持ち歩かなくなった)、海外旅行へのお供が5回と活躍してくれているが、さすがにバッテリーが弱ってきて10分もするとフルチャージからローバッテリー警告がでるようになった。いわゆる、リチウムイオン電池の寿命ってやつだ。

現在は以前のようにLibrettoを持ち歩いてバッテリー駆動で使うわけではないので、今すぐ致命的に不自由するわけではないのだが、そういうシチュエーションが無いわけではないし、何より家庭内モバイルで使えないのは痛い。

当然の成り行きとして、交換用のバッテリーを買い求めるわけだ。Libretto L2の場合は、PABAS009という1900mAhの専用リチウムイオンバッテリーを使うで、都内某量販店に会社の帰りに立ち寄った。どうせ店頭在庫は無く取り寄せだろうと覚悟していたので、店員が調べてくれるのに時間がかかったのは驚かなかった。だが、店員が現れたときには、手にはバッテリーの箱ではなくて、アンチョコのようなものを持ち、さらに業務用のPCをたたいて何かを調べて曰く「メーカー欠品の状態のようで、次回入荷は最短でも一ヶ月はかかるようです」とのこと。それも一ヶ月待てば入るという保証は無い。これは困る、非常に困る。

帰宅してWebを調べまくったが、Libretto L5用の標準バッテリーPABAS020や大容量バッテリーPABAL005は通販でも販売しているところが見つかったしh、私が尋ねた量販店にも両方とも在庫はあるらしいのだが、Libretto L2用の標準バッテリーPABAS009はどこにもない。東芝の直販サイトである、東芝ダイレクトPCのサイトをみても、同様の状況でPABAS009は無かった。そこでメーカーのほうに聞いてみると、PABAS020はLibretto Lシリーズ用としてL1~L5まで全部に使えるというではないか。それなら話は簡単で、さきの量販店で買えばよい。

翌日、再び量販店を訪れてPABAS020を一個買い求め、無事Libretto L2はモバイルノートPCとして復活し、今この雑文はダイニングテーブルで、無線LANを使ってバッテリー駆動で書いているところだ。

PABAS009が手に入りそうも無いとわかったとき、三倍容量で10時間前後の駆動時間が確保できるPABAL005を買うことも検討したが、さすがに値段も三倍近くの3万3千円前後と、まあ、いい値段で、Libretto L5の無線LAN内蔵ではないモデルが13万円ちょいだから、いかに高価なものか良く分かろうというものだ。

結局、標準バッテリーを無事確保できたので文句は無いけれど、なんとなく大容量バッテリーにも後ろ髪を引かれるのは....どういうわけだ?
Date: 2003年01月22日(水)


[雑記] ズビ、カックラ、コン
何日か前の寒い日のこと、街を歩いていたら前のほうから妙な音が聞こえてくる。

「ズビ、カックラ、コン」
「ズビ、カックラ、コン」

ん?なんじゃ? その音は段々大きくなってくる。そして人ごみを掻き分けるようにして、「ズビ、カックラ、コン」がやってきた。

その音の主の正体は、若いお姉さま。ロングマフラーを大蛇のごとく首にぐるぐるに巻き、厚手のコートを着込んでいるが、脚は網タイツ。網タイツといっても網の目はめちゃくちゃでかい奴。そして「ズビ、カックラ、コン」の正体はミュールであった。

ミュールはミュールでもかなり強烈なもので、つま先は足の第一指(親指)から第三指の第一関節あたりがかろうじて覆われているくらいで、恐ろしいことに踵はピンヒール。世の中にこういう妙テケレンな履物があるとは思わなかった。

すれ違いざまなので、じっくり観察できる暇はなかったが、それにしてもこういう「履物」があるとは。ミュールだから踵を覆う部分がないサンダルであるのは当然だが、普通のサンダルであれば脚の甲の部分をある程度覆うものだが、彼女のは足の甲どころか指先をかろうじて覆うだけという恐ろしい代物だった。

そういうものである以上、「歩く」ことに非常に不適であるのは明らかで、だから、まともな姿勢の良い格好では歩けない。実際、彼女も足を上げて踵から着地して、そのあと次のステップは脚の指で蹴り上げる。そういう歩き方はこの特別ひどいミュールでは不可能で、ぱっと見た目にもおかしな歩き方で、脚をほとんど上げずに引きずるようにして脚を運び、姿勢は前かがみっぽくてすごく変。その上ピンヒール特有のカンカンした音がひびくので、「ズビ、カックラ、コン」となるらしい。

まあ、どんな格好をして、どんなものを履こうが個人の自由である。ただ、他人にはそれにより大きな迷惑は掛けないで欲しい。車道側に転倒して轢かれてしまいドライバーに重大な迷惑をかけたり、駅のホームで転んで線路に転落して電車をとめてしまい多くの人に迷惑をかけたり、歩いていてバランスを崩し、たまたま通りすがりのお年よりを巻き込んで倒れて怪我をさせたりしないでもらいたいものだ。
Date: 2003年01月23日(木)


[雑記] 高校経営は前途多難(1)
国立社会保障・人口問題研究所(National Institute of Population and Social Security Research)のWebサイトに儲けられている少子化情報ホームページによれば、1949年(昭和24年)には第一次ベビーブームで出生数は270万人だったのが、2001年(平成13年)には117万人と、1949年のおよそ四割にまで落ち込んでいる。

一人の女性が一生の間に生む子供の数、つまり、合計特殊出生率についてみると、1949年には4.32だったのが、2001年には1.33に落ちており、この数値が2.08名を下回ると総人口は減少に向かうのだという。

その結果、今後の総人口見通しは、2006年をピークに以降は減少に転じ始め、2000年には12,693万人だった総人口は、100年後の2100年には、低位推計ではなんと4,645万人(2000年の37%)、高位推計ですあら8,176万人(2000年の65%)になるという推計だ。それに伴い、60歳以上のの割合は1997年の11.4%が2025年には21.1%と増加する。

また、15~29歳の高校生から若年労働層までの人口は、1990年は1,475万人(全人口の23.1%)が、2025年には1,80万人(同じく17.3%)と減少するする。もう少し年齢を絞ると、15~19歳の高校生相当の人口は2000年の統計では766万人が、2025年には606万人、2050年には何と470万人にまで減少するという推計がある。

少子化・人口減少という言葉は知っていても、あらためて自分で調べてみると、その推計数値には愕然とする。これは、もうどう考えても年金制度は破綻するしか無くて、我々現在の働き盛り世代は、死ぬまで働くしかないのである。逆にいえば、そういう前提で自分のライフプランを設計し、仕事にしても若いときの仕事を死ぬまで続けるか、あるいは高齢になったときにどういう仕事をして社会に役立つか、を若いときから考えるべきなのであろう。

(続く)
Date: 2003年01月24日(金)


[雑記] 高校経営は前途多難(2)
さて、こうした少子化減少はすでに現在の高校においてもその影響が現れてきて、公立学校ですら学年あたりのクラス数を減らしたり、私立高校でも生徒集めに躍起になっているがそれでも定員を減らしたりしている。特に私立高校では生徒の数が学校経営に直結するから、事態は深刻である。だからといって、生徒ならどんな生徒でもいいから集めればよいというものではなくて、いかにロイヤリティ[loyality]の高い生徒を集めるか、も大きなポイントになるであろう。

客である生徒が減少するのだから、当然学校間競争も熾烈をきわめることになる。筆者は、高校はますます二極化してゆくと考えている。すなわち、難関大学への進学率の高さを看板にかかげる高校、すなわちほとんど現役予備校と変わりない受験校。それに対して受験もそれなりに対策は打つけれどそれはあくまでオマケであり、まず第一に「人」を育てる・これからの国際化社会に向けて通じるグローバルな視点を持った人を送り出すといった点に主眼をおいた教育を行うところだ。

筆者はごく普通の公立高校出身であり、超難関大学やそこを狙うための進学校とはおよそ縁がなかった。当時は今ほど受験熱がヒートアップしていなかったから、筆者自身は小学校から大学に入るまでは塾・予備校などというものはほぼ無縁であった。唯一の例外は高校三年のときの予備校の夏期講習だがこれとて二週間通って実に下らなかった。はっきりいって何の役にもたっていなかくて、親が金を捨てたも同じであった。

話が飛んだが、とにかく私立高校はすでに経営が大変なことになりつつあるようで、それは全国レベルでの有名校においても例外ではないそうだ。

このような事態への打開策の一つとして私立女子高を中心に制服を変える、とくに有名デザイナーの手になる制服を導入することで、それ目当ての女子を集めて偏差値を上げる傾向がが目立った時期があった。経営的には確かに客(受験生)の心理をついた施策の一つであることは認めるが、こと学校ということを考えたら、筆者はこれは邪道であろう、と思う。

学校荒廃が問題になる中では、単に成績が良い生徒を集めるだけはだめである。もちろん進学実績という面からは成績が良い生徒をがんがん集めれば自動的に進学実績はあがるが、それらの生徒が、その学校を第2希望、第3希望していた生徒ということであれば、必然的にローヤリティは下がる。それは生徒自身はもとより親にしてもしかりではないだろうか。そういう観点からは、単に成績だけではなく、その学校に対してよりローヤリティの高い生徒を集めたほうが、校内の雰囲気は良くなることは間違いない。極端に言えば「ここは希望していなかったけれど、ここしかなかったので仕方なく入った」のと「この学校が親子して気に入って、子供自身としてもどうしてもここに入りたくて仕方なかった」のを比べれば、子供自身が学校運営への参加という点において熱心さには雲泥の差がある。結果的にはそれが進学実績にも結びつくと思う。

この両者のバランスをいかにうまくとるかというのは学校経営者の腕の見せ所だろう。その一つが単願推薦という制度ではないか。とにかくこの学校しか希望していません、他には願書を出していません、ですから一般試験より優遇してください、という制度だ。一般試験の受験を受けない(その単願推薦で落ちない限り)のだから、まずはそれでローヤリティを示すわけだ。生徒にしても単願を狙う以上はそれなりに覚悟は必要だ。こういう単願推薦枠を大抵の私立高校は定員の半分前後は設けているようだ。

だが、それだけでは当然のことながら少子化に対抗できるわけがない。いかに目先だけではない学校の特徴を打ち出して、他校と差別化を図ってゆくか。だから、ひたすら進学率に走るか、より「人を育てる」という点にポイントを置いてそれを目に見える形として実績をつくりアピールしてゆくかだと思うわけだ。

いずれにせよ、この先私立学校についても経営統合や廃校が数多く出てくるに違いない。
Date: 2003年01月25日(土)


[映画] Harry Potter and the Chamber of Secrets
11月23日に日本で公開されてからほぼ二ヶ月が経過して、ようやく我が家もいつものワーナーマイカルシネマに見に行ってきた。公開当初はえらく混雑するので、人気作品はしばらくしてからみに行くのが筆者の常であるのだが、それに加えて子供の高校進学が無事決まったから、まずは一段落というのが、最大の理由だ。

Harry Potterシリーズはすでに英語の原作を四巻全部読んでいる(日本語訳版は、子供が買ったのでそちらも目を通そうかと思ったが、翻訳のあまりの読みにくさに放棄した)のだが、映画そのものは、細部は別として原作にかなり忠実に作られていた。Harry Potter役のDaniel Radcliffe君は一作目に比べてたったの一年で大きく成長したように思えた。また、Hermione Granger役のEmma Watsonも、一段と可愛くなってきている。

Harry Potterのような子供が主役のシリーズものというのは、回を重ねる毎に出演者も成長してゆくので、ある種の掛けではあるが、Harry Potterについていえば、二作目まではなんとかうまくやっているようだ。

だが、BBCの報道によれば、Albus Dumbledore(ダンブルドア校長)役のRichard Harrisは、2002年10月25日(金)の夜に癌(ホジキン病)で亡くなっている。享年72歳であった。彼の演ずるダンブルドア校長は、原作のイメージを裏切らないものだったと思う。2004年6月公開を目標に製作に着手している『らしい』三作目(Harry Potter and the Prisoner of Azkaban)が気になるところだが、噂に寄ればThe Lord of the RingsのGandalfを演じているIan McKellenにオファーがきているというが、一方でそれは白紙になったというのもありよく分からない。まあ、向いているかもしれないが、ガンダルフ変じてダンブルドアというのはあまりに安直だと思うのは筆者だけだろうか?

それはともかくとして、この映画の良いところは英語の台詞が簡単でゆっくり目なので、字幕を見なくても、かなりの台詞が理解できることだ。ヒアリングという点では、おそらく一作目より二作目のほうが簡単かもしれない。戸田奈津子さんの字幕翻訳については、いろいろ賛否両論があるところで筆者も個人的には、うーむ??というところが少なくないのだけれど、字幕はともかくとしても原作を読んでいても、おそらくは読んでいなくても、楽しめる映画であることに間違いは無い。もしまだ一作目を見ていないとしたら、ぜひレンタルビデオやレンタルDVDで一作目を見てからご覧頂くことをお勧めする。一作目を知らないと、人間関係が良く理解できないのは間違いない。
Date: 2003年01月26日(日)


[PC] SQL Slammer
週末から世界中を "SQL Slammer" というワームがあちこちでネットワークを一時的に稼動不可能に陥れるような事態が発生した。

"SQL Slammer"は、普通のウィルスのようにコンピュータのファイルに感染して広がるタイプではなく、ランダムに生成したIPアドレスのUDP/1434ポートに自分自身を送りつけるということを、際限なく繰り返す。すなわち、Microsoft SQL 2000 Server または Microsoft Desktop Engine (MSDE)2000が稼動しているPCの中で、過去に判明しているSQL Server 2000やMSDE 2000ので脆弱性について未対策のものに、ファイルを経由せず直接メモリの中で感染して活動をはじめ、そこを拠点にさらに他の未対策SQL 2000 ServerやMSDE 2000を探し出して攻撃するというもの。

したがって、上記製品がインストールされていないもの、もっと具体的にはUDP/1434ポートが開いていない場合はこのワームに侵されることはないし、さらにSQLサーバーがインストールされていてもSQL Serverの古いバージョンであるとか、すでに対策済みであるもの、具体的にはSQL Serverのモジュールの一つであるssnetlib.dllのバージョンが2000.XX.XXX.Xで表されている製品で、なおかつ2000.80.636.0より古い場合にのみ影響を受ける。

幸いにも、"SQL Slammer"自身はデータベースやOSを改変したり、後日侵入可能なバックドアをしかけたりするものではなく、単にひたすら攻撃パケットを吐くだけで、メモリ上にしか存在しないものなので極めてシンプルな対処でよいのだが、一方ファイルには一切入り込まないので、従来のファイルをリアルタイプスキャンするタイプのウィルス対策ソフトは全く歯が立たない。すなわち、これに限らないが、ウィルス対策ソフトを入れているから安心なんてことは絶対にありえないのである。

その単純な対策だが、詳細はここを見れば解説されている。早い話が、UDP/1434が空いているかどうかを、"netstat -an"コマンドで確認し、空いていなければそれでとりあえず緊急対策は終わり。空いていればSQL ServerかMSDEがインストールされて動いていることになるので、次に攻撃対象となっている部分のモジュールであるssnetlib.dllをWindows Explorerからファイル検索して、プロパティからバージョンを知る。そこで、前述のバージョンに該当していなければそれで終わりだし、該当していたら、マイクロソフトのWebサイトで公開されている対策を実施すればよい。注意すべきは、この緊急対応を行ったときに、SQLサーバーがインストールされているが、何らかの理由でSQLサーバーが動いていない場合だ。したがって、UDP/1434が空いていなくても、ssnetlib.dllの存在検査はしたほうがベターであること間違いない。

一部の一般紙ではマイクロソフト社が「特別ページ」を解説したという報道がある。確かに "SQL Slamer"の対策特別ページであるには違いないが、マイクロソフトは近年こうしたセキュリティ情報の公開や対応は通常非常に早い。したがって、マイクロソフト製品のセキュリティ対策を知りたい場合、まず最初に参照すべきは、マイクロソフト社のWebサイトであることに間違いは無い。だが、意外とマイクロソフトのTechNet セキュリティセンターをこまめにみるネットワーク管理者は少ないようなので、管理者の方はもっと注意を払って一日一回は新しい情報がないか眼を通すようにしたほうが良い。
Date: 2003年01月27日(月)


[雑記] ビジネスパーソンの昼食 (1)
社員食堂のある工場や研究所などではなく、普通の都会のオフィスで仕事をしているビジネスパーソンは、昼食としてどういうものを摂っているのだろうか。

筆者の経験では、都心のオフィスで仕事をしていたときは、近所の居酒屋のランチやレストランのランチが圧倒的に多かった。それがさらに物価の高い地域のオフィスに移ってからは、さすがに当時の安月給に毎回千円を超える昼食代は財布に響くので、その半額くらいの弁当屋の弁当に切り替えた。

その後、郊外のオフィスに異動し、飯屋なんてビル内しかなく、それ以外にはビル内で売っている弁当や、近くの弁当屋の弁当、コンビニ弁当などになった。ビル内の一般店舗のランチを食べられる店は決して安くないのだが、弁当類は400~600円程度で買えるのでありがたい。そのありがたさに乗じて、弁当屋の弁当やコンビニ弁当ばかりを食べていた頃があった。

筆者は親譲りの生来の痩せ型で、BMIはずーーと18程度、肥満度は-16程度というもので、アメリカあたりでこの体を見せると、「あいつはHIVが発病してもう終わりにちかいんじゃないか?」とすら思われるくらいの痩せである(笑)。実際、この貧弱な体格は、海外の旅先のホテルのプールなどでは、どうにも居心地が悪いのは事実である。

それはともかく、筆者の仕事はコンピュータを相手にした座業が多く仕事中に歩き回ったりすることは少ない。体を使うのは一日往復で2時間半程度の通勤と、それに含まれる往復40分ほどの歩行(早足)である。そして、筆者の場合の基礎代謝量は身長・性別・体重・年齢から計算すると1319kcalとなるらしい。すなわち、何もしなくても安静状態であってもこれだけのカロリーを摂取しないと生命が維持に危険が及ぶという最低限の摂取カロリーが、筆者は1319kcalというわけだ。実際には、通勤などの日常活動に必要なカロリーがこれに加わることになるわけで、筆者の場合はものの本によれば、2200kcal前後らしい。

単純計算すれば、一食当たりには733kcal程度を上限にすれば、三分の一を昼食でとることになり、逆に1000kcalを超えるようなら一日に必要なカロリーの半分を昼食でとることになり、これはどう考えてもカロリー過多である。

(続く)
Date: 2003年01月28日(火)


[雑記] ビジネスパーソンの昼食 (2)
では、市販弁当はどれくらいのカロリーがあるのか。例えばとある弁当屋の弁当のカロリーをみると、お好み御膳という弁当で、なんと1594kcalもある。2200kcalの単純三分の一である733kcalを下回る弁当(おにぎりなどの単品は除く)は、まいたけごはん、たけのこごはんぐらいしかなくて軒並み900kcalを超えているのには正直なところ驚いた。ちなみに、吉野家の牛丼大盛が660kcal、サブウェイのターキーブレスト(筆者の大好物)はたったの318kcal。ケンタッキーフライドチキンのオリジナルチキンは意外に低くて一本あたり167kcal、ミスタードーナツのドーナツは平均的には一つ240~300kcal程度、am/pmのフローズンとれたて弁当はヘルシーも売り物の一つなので多くのメニューは400~700kcal程度。900kcalを超えるのは非常に少ないのを考えると、市販の弁当屋の弁当がいかにカロリーが多いことか。もちろん、必要カロリーの多い体を動かす仕事をしている人はこれでも足りないこともあるはずだが、座業を中心にしてろくに運動もしない普通のビジネスパーソンには、どう考えてもカロリー過多で、弁当屋の弁当はカロリー摂取量削減の敵であること間違いない。

各外食チェーンのウェブサイトの多くにはこうした栄養表示をしている部分・ページがあるので、興味のある方は普段良く使う外食チェーンのウェブサイトのメニューのところなどを調べてみてはどうだろうか。

そんなわけだから、会社のビルで売っているどれもこれもあげものだらけのたっぷり量の弁当のカロリーは軒並み900kcalをこえ、1000kcalあたりになっているものがほとんどであろうことは容易に想像できる。こればかり食っていたら、さすがに健康診断の各種検査値がイリーガル値の方向に向けて驀進傾向を見せ始めたし、体重は変わらないがウェストがきつめになってきたので、これはいかん、とばかりに昼食のカロリーを押さえることにした。

日本人の常として筆者も夜のカロリーが一番多い。とはいっても、我が家は魚と野菜料理中心で揚げ物は滅多に食べないので、平均的な家庭の夕食よりローカロリーだし、朝は軽いおかずとご飯一杯だけなので、まあ、さきの必要カロリーからすると600前後、700kcalを上限あたりにすれば快適に保てるのではないか、と考えたわけだ。

その結果、まず、弁当屋の弁当は絶対買わないことにした。そして、コンビニ弁当もam/pm以外のご飯系弁当は基本的にやめにして、どうしても買いたいときは値札部分のカロリー表示をみることにした。腹持ちが良くて意外にカロリーが低いのがパスタ類である。セブンイレブンのパスタ類、麺類はコンビニメニューとしては結構いけるものが多いのも、新発見だった。また、可能な限り野菜の一品、それもサラダではなくお浸しといった系統のものを添えることにした。また、夕方お腹がすくので煎餅の買い置きやビスケットをかじっていたのもきっぱりやめた。

その結果、最初は夕方になると習慣で腹が空く。腹の虫が騒ぎ出す。だが、それもしばらくするとなれてきて、夕方になってもおやつは食べないのが当たり前になり、別段苦にならなくなった。

また、もう一つ、毎食後に必ず烏龍茶(ペットボトルではなく葉またはティーバッグから熱いお湯でその場で出したもの)を飲むようにした。これは中性脂肪減少には劇的な効果があって、オフィスで食後烏龍茶を勧めて飲んでいた同僚も同じく劇的に中性脂肪が下がり、大いに感謝された。中性脂肪が高い!なんと下げたいという方は、是非毎食後熱い出したて濃い目の烏龍茶を飲んでみてはいかが?

さて、こうした生活に切り替えて半年以上たつ。体重はもともと変化が少ないほうなのでかわりないし、血液検査も次の健康診断にならないとわからないが、体調はすこぶる良好である。無理なダイエットはすべきでないが、さりとて過食に近いようなカロリー過多も禁物であり、私の場合は意外に抵抗が少なく低めに押さえることができているようだ。
Date: 2003年01月29日(水)


[雑記] 花粉の季節がやってきた
今年もまた花粉の季節がやってきた。この春で花粉症デビュー三年目というまだ花粉症初心者・若造である。幸いそんなにひどい症状ではないのだが、それでも薬なしというのは非常に厳しいのは最初の年で身にしみたので、昨年は飛び始める前から医者に行き、抗アレルギー剤を貰っていた。

残念ながら、副作用が無く完璧に症状を抑えられるという薬はまだ存在しない。抗ヒスタミン剤は鼻水・鼻詰まりなどには非常によくきくのだが、一方で眠気を誘うことが多くて、口や喉も渇きやすい。そして効き目が切れたときには、一時的に薬を飲む前より症状がひどくなり、その不快なことおびただしいので飲まなくなった。抗アレルギー剤のほうは、私が貰っているものはそれほどシャープな効き目はないが、ピーク時の症状が和らぐのは間違いないので、今年もまた医者にいって処方してもらい飲み始めた。

最近は、サプリメントや食品の類でも花粉症対策をうたったものが増えてきた。医薬品ではないから、明確に効能はうたえないのだが、それを匂わせている。この手のものは効き目があるのかないのかよくわからないし、効いても穏やかなものが多そうだ。

私が目をつけたのは、キッコーマンの「トマトのちから」というもの。トマトから抽出した成分が花粉症のピーク時の症状を緩和するというものらしい。果たしてどの程度の効き目があるのか...。

今年も花粉の飛散量は多くて、飛び始めるのも早いらしい。はあ....
Date: 2003年01月30日(木)


[雑記] ルール違反の自転車には厳罰を!
以前から何度か書いていることだけれど、自転車による迷惑行為には非常に腹が立つことが多い。

まず、第一に歩道の通行だ。原則として歩道を通行できるのは歩行者だけであり、道交法上車両に分類される自転車は、車道と歩道に分かれている場合は車道の左端を通行しなくてはならないはずだ。しかし、都会などでは交通量の多さから自転車がそのまま車道を通行することは、かえって危険であることから、お目こぼしにあっているだけだ。

それを何を勘違いしているのか、狭い歩道を我が物顔にベルをカンカン鳴らして歩行者をどかせる糞馬鹿自転車乗りがいかに多いことか!私が自転車に乗っている時、車道の交通量イなどから安全のためにやむなく歩道を通行するときであっても、いまだかつて一度たりともベルを鳴らして歩行者をどかせたことなど絶対にない。たとえ歩道一杯に広がって歩いているとしても、それをどかせようとは思わない。運良く歩行者の方に道を明けていただいたりしたら、「ありがとう」「すみません」といってゆっくり危険の無い速度で通らせてもらう。

夜間になると、無灯火の自転車が非常に多い。街路灯がついているから自分は見えるから大丈夫、などと思っている人がいたら大馬鹿である。たかだか自転車の非力なダイナモで点灯される薄暗いヘッドライトなど路面を照らす役には立たないのは明白ではないか。あれは、他の車両に自分の存在を知らせるためにあると思っても良い。

いつぞや見かけたのは、街路灯が薄暗い道で、片手にタバコをもちハンドルを支え、反対側の手には携帯電話をもち話をしながらヨロヨロと走っている、上下黒ずくめの洋服の女性だ。これなんぞは、発見が遅れて轢いてしまったドライバーが居たとしても、迷惑なのはそのドライバーであり、アホなこの自転車乗りは自分がどんな怪我をしようが、そのドライバーへの車の修理代や精神的打撃を与えた賠償金を支払うべきであり、保険会社や健康保険は一切の治療費をアホ自転車乗りに支払うべきではない。治療費は何百万かかろうが全額自費であるべきだ。このようなアホに貴重な財源を浪費すべきではなかろう。

とにかく、自転車乗りには悪質なマナー違反やルール違反が絶えないが、これはなぜか。話は簡単で、いかにルール違反をしても、警察につかまって罰金を切られたり自転車を没収されたりすることはまずないからだ。

ならば、話は簡単である。交通担当の警察官は悪質な自転車乗りに対しては、単なる注意ではなく、びしびし罰金を果たすべきである。とにかく取り締まる、徹底的に取り締まる。そうすれば自転車の事故も減ること間違いないだろうし、何より取り締まりが怖いから、罰金を払いたくないから自然にルールを守るようになるだろう。取締りを止めたらすぐにだめになるから徹底的に継続する。集めた罰金で人件費の幾ばくかだってまかなっても良かろう。

もう、自転車乗りに甘い顔ばかりしていてはいけない。もはやマナーなぞ期待できないのだから、強制的に取り締まるしかないではないか。
Date: 2003年01月31日(金)


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